今夜の種目別ゆか競技で、内村選手のオリンピックが終わってしまいます


個人総合金メダル
団体銀メダル
種目別ゆか銀メダル

素晴らしくて、キレイな演技にキャー
いつか、生の演技を見に行けるとィィな


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みんなが用意してくれたのは、とても素敵な旅館だった。

趣味の良い調度品が置かれた部屋に、美しく整えられた庭。
私のためにこんな立派なお部屋を用意してくれて、文句なんて1つも無いけど…
私は庭先でしゃがみこんで、ひとり顔を覆った。

――まさか、秋斉さんと二人一部屋なんて、恥ずかしくてどうにかなりそう。
だから私は、部屋に入るなり「庭を見てきます!」と逃げ出してきてしまったのだった。

(疲れたから部屋で休みたいけど、秋斉さんと二人きりなんて…うまく話す自信がないよ)
顔を覆っていた手をはずすと、この庭にもツツジが植えられているのに気付いた。
その花びらをつつきながら、深くため息を漏らしたときだった。


「○○はん」

(…!)

慌てて振り返ると、秋斉さんと目が合った。

「随分長く庭を見てるようやけど・・・そないにそのツツジが気になるん?」

「は、はい、そうです!」

まさか、秋斉さんの事を考えてぼんやりしてたなんて言えない。

「…鮮やかな花どすな」

秋斉さんは私の隣へ来て屈むと、長い指をすっと植え込みへ伸ばす。
なんだろう、と見ていると、引いた指先には落花したらしい一輪のツツジの花があった。
その花を手にしたまま、秋斉さんが私の方へ向き直って微笑む。

「じっとしとき」

「…えっ?」

「あんさんが動いたら、わての指が触れてまうやろ。今日は○○はんはわてに触らへんらしいから、気ぃつけんと」

からかうように言われて硬直している私の髪に、秋斉さんがそっとツツジの花を挿した。

「ああ、やっぱり。思うたとおり、あんさんの黒髪によう映えとる」

私の姿を確かめて、秋斉さんは優しく目を細める。
大事なものを見つめるような眼差しの甘さに、私は瞬きも忘れて彼に見入ってしまった。
胸の奥から熱いものと同時に、なんだか涙までこみあげてくる。

それに気付いた秋斉さんが、細めていた目を見開いた。

「○○はん…」

「わ、私、先にお風呂を頂いてきます!ここ、露天風呂があるんですよね。秋斉さんも…日頃の疲れを癒してきてくだされば良いと思います」

「…………」

「そ、それじゃあ私はお先に行きますので!」

くるりと向きを変えて、室内へ急ぐ。
背中に秋斉さんの視線を感じたけれど、私は振り返ることが出来なかった。


「・・・はあ」

露天風呂に浸かって、ため息をついた。
慌てて飛び出したせいで、部屋に手ぬぐいやら何やらを忘れてきてしまったのだけれど、
秋斉さんと顔を合わせにくくて、彼が部屋を出たのを見計らって取ってきたら…
先に行くと言っておきながら、お風呂に入るまでに数十分かかってしまった。

(それにしても…緊張してあんな態度をとって、変に思われなかったかな?)
(…私、今夜、ちゃんと眠れるかな…――ああ、もう!)

じっとしていられなくなって、私はお湯の中にざぶんと潜った。

「…………ぷはっ!」

お湯から顔を出すと、頭がぼーっとして、何やってるんだろうと自分でも思う。
しばらく足だけ浸かろうと、近くの岩に腰をおろした。
誰も居ないのをいいことに、足先でお湯をちゃぷちゃぷともてあそぶ。

「こんな行儀の悪いところを見られたら、秋斉さんに怒られそう。女湯だから心配ないけど…」

目線を下げて、ふと呟く。

「…怒られる前に、貧相な体を笑われるかな」
「――…秋斉さんって、女の子の胸の大きさはどのくらいが好みなんだろう…」

――ドボン!!

「!!」

垣根の向こうから聞こえた盛大な水音にびくっとする。
すると、男性の声が聞こえてきた。

「な、何だ…今湯船の方で…うわっ!大丈夫かい、旦那!」

「…お気遣いなく…」

それに応えた声に私は絶句した。

(――……秋斉さん!!?)

まさか、垣根の向こうが男湯だったなんて…









「秋斉さん…大丈夫ですか?」

日も暮れた頃、縁側で寝転がる秋斉さんにおずおずと声を掛けた。

…露天風呂で聞こえた派手な水音は、めまいを起こした秋斉さんが湯船へ倒れた音だったらしい。
親切な人が肩を貸してくれたおかげで、浴衣に着替えて部屋に戻ってきた彼だけど…

「へえ。大丈夫どす」

何か返事がそっけない。
まだ具合が悪いのかな、それとも私に何か怒ってるのかな。

「もしまだ具合が悪いようなら、お医者様を呼んだほうが…」

「いらんいらん、ただの湯あたりや。こんなんで呼ばれたら医者かて迷惑やろ。…ほんまに平気やから」

最後の声は少し優しくて、具合は悪くないんだとほっとするけど、秋斉さんはこちらを向いてくれない。

(不機嫌に見えるんだけど、やっぱり今日の私の態度に怒ってるのかな?…まさかね。秋斉さんはあれくらいで怒ったりしないもん)

改めて、縁側の彼を見やる。
いつもきちんとしている秋斉さんだけど、浴衣姿で無防備に横たわる彼はいつも以上に色っぽかった。

(秋斉さんが今、何を思ってるのかやっぱり分からないけど…板張りに頭を置くのは痛そうかも)

「あの、秋斉さん。良ければ私が膝枕しましょうか」

そう、気遣いのつもりで声を掛けたのだけれど…


「……今日はわてには触れへんのやろ」

返ってきたのは予想外の返事だった。
何だか、意地を張った子供みたいな口ぶり。

(あれ?もしかして秋斉さん…)

「…単に、気まずいだけ?」

思ったことを、うっかり口にしてしまったのだけれど。
――その瞬間、秋斉さんの肩がぴくりと動いた。
私は目を瞬かせる。

「まさか、図星――」
「黙りぃ」

今度は私の言葉をぴしゃりと遮った。
私は頬を緩ませる。

「私、何か秋斉さんの気に触ることをしちゃったかなって思ってたんです。でも…ふふ。違ったんですね」

「…………」

湯あたりして失敗しちゃったり、子供みたいに拗ねたり。
他の人はきっと、秋斉さんのこんな一面を知らない。

「私、やっぱり膝枕しますね。私がそうしたいんです。それでも嫌なら、言ってくださいね」

「…………」

私が心から頼めば、今朝のように折れてくれる。
案の定、秋斉さんは嫌とは言わなかった。

私は縁側へ行くと、秋斉さんの頭を持ち上げて、そっと自分の膝の上に寝かせた。


月明かりが照らす縁側。おとなしく膝枕をされた秋斉さんが、かざした手の下からちらりと私を見上げる。
色っぽいのに、どこか可愛らしい。

「…なんや、にやにやして…わての失態がそんなにおかしおすか」

「違いますよ。秋斉さんって、何でも完璧にこなす人って思ってたんですけど…」

「そんなことはなくて失望したかいな」

「違いますって!ちょっと可愛いなって思って、嬉しかったんです。私、普段から秋斉さんに翻弄されてばかりだし…」

笑ってそう言うと、秋斉さんはまた私に視線をよこした。
切なくて、妖艶で…熱に浮かされたような瞳に捉えられて、私はどきりとする。


「…それを言うなら、わてのほうがよっぽどあんさんに振り回されとる。今日かてなんべん心を乱されたか」

「秋斉さんが…?」

「せや。ただ、見てくれを取り繕うのが、あんさんより多少上手いだけ」

掠れた声で、素直にうなずく秋斉さんに、普段のような余裕は見られなかった。

「…上手にねだってみろと、いかにも置屋の主人らしく言っても…内心ではとっくにあんさんの虜になってしもてる」

私はかあっと赤くなった。

虜なんて言葉、秋斉さんの口からそうそう聞けるものじゃない。
動揺しつつも、彼から目を離せない。

「嘘も見抜けない子供のくせに、時折、はっとするほど美しい横顔を見せる」

「それでも笑うた顔はやっぱり無邪気で…かと思えば、今度は儚げな顔をしてみせる」

「あんさんの振る舞い、言葉、ひとつひとつにいつも振り回されとる」

「いっそ自分のものにしてしまおうかとも思うけど…そないしたらあかんと思う自分もおる」

「せやからわては、いつも身動きがとれへんのや」

のぼせて赤い頬で、秋斉さんはそう呟く。
そんな事を言われたら、どうしたらいいのか分からなくなる。
今度は私の方がめまいを起こしてしまいそうだった。


…少し迷ってから、私は秋斉さんの髪を指で梳いた。

「…これは、どないなつもりや」

「わかりません…でも、今、秋斉さんにこうしたくて…」

「………」

秋斉さんは、それ以上何も言わなかった。
まっすぐ私を見上げる綺麗な瞳を、私も見つめ返した。
お互いの心の距離を測るように…私達はずっとそうしていた。