程ヶ谷カントリー倶楽部


旧コースは横浜市の保土ヶ谷区に
1922年に開場
設計は赤星四郎




我が国初の 日本人のための 18ホール本格的チャンピオンシップコースとされている


明治30年代に六甲(神戸ゴルフ倶楽部)  や 根岸の外国人向け倶楽部に続き
日本人向けには 東京ゴルフ倶楽部が9ホールで開場されていた
それに続いての大正11年開場





1927年には 第一回全日本オープン選手権開催   赤星六郎が優勝🏆

(ちなみに その前年1926年には 大阪の茨木CCで 第一回日本プロゴルフ選手権が開催されている)





程ヶ谷  という名称については
横浜市保土ヶ谷区にあって
江戸初期より どちらも用いられていたようで
公式的な地名や駅名は四文字の 「保土ヶ谷」
文化や芸術面では三文字の「程ヶ谷」が登用されてきたそうである









「程ヶ谷が ビジターだけでラウンドできるようになったら世も末だと思うなぁ」



数年前  共に関東7倶楽部のラウンド制覇を目論んでいるゴルフ仲間がそう言っていた






その 「世も末」の時代が来てしまった


2010年には 公益法人改革三法の施行に伴い
程ヶ谷カントリークラブ株式会社 設立


それ以降 やはり格式が落ちたと聞く…






毎日 50組近く 入れている
というから驚く

当然ほとんどがゲスト  というかビジターで
そのせいか  フェアウェイが結構荒れていた





何はともあれ
「世も末 」のおかげで
最後に行き残していた 関東7倶楽部を全て制覇することが出来た♪


(因みに関東7倶楽部とは 東京が 小金井CC  埼玉が東京GCと霞ヶ関CC  千葉が 我孫子GCと鷹之台CC  そして神奈川が 相模CCと程ヶ谷CC)







友人から「程ヶ谷CCでは 昼飯時のレストランでも上着を着用しなければならないよ!」
と聞いて脅かされていたが
↓以下の通り





それどころか 昼飯の時間が30分しかなくて
大慌てで 済ませなければならなかった


また逆にクラブハウス内では
電話も一階ならどこでもOK!  と  
比較的名門にしてはゆるく感じられた






肝心のコースのほうだが
キャディ曰く
今年は特に 芝が荒れているそうで
ところどころが修理地になり 芝着きが悪く枯れているところもあった🤭






もっと 平坦な林間コースを想像していたが
アップダウンがあり  歩行ラウンドには結構キツイ…💦
夏場は大変だろうと思う

「これなら普通の丘陵コースと変わんないじゃない!」
と同伴競技者が思わず もらしていた😅

関東7クラブで唯一 林間コースと言えないゴルフ場だと思う






距離も短く 飛ばない自分でもドライバーの後はウェッジで打つくらい
(もっとも 白ティーからなラウンドでしたが😅)





「東京GCも 霞ヶ関CCも 改修して距離を伸ばすらしいですね」
キャディが言う

霞ヶ関は オリンピック用に改修は当然だと思うが
東京GCまで…







クラブの進化はどこまでゴルフ場の改修を要求してくるんでしょうかね?…


このままでは 古き良きコースが 全て設計者の意図を無視した別のコースになってしまうように思えて 焦燥感を覚える ^_^;


ゴルフクラブは
ウッドはウッド(木…パーシモン)
アイアンはアイアン(鉄)
で良いのに…

⦅持論⦆(笑)





「程ヶ谷も そろそろ改修しなきゃいけないわ!」
ゴルフの腕前もかなりのものであるらしいキャディはそう言う


距離の改修の前に もう少し芝の状態を整えて欲しいもんだなぁ





※ 程ヶ谷CC所属の 高山佳小里が 最終予選を勝ち抜いて
全米女子オープンに出場することになったとかで
キャディが自分のことのように喜びながら宣伝していた
プロテストにも受かっていない選手で今回ダメなら辞めるつもりだったそう
まさにシンデレラガール
そうそうたる 日本の女子プロに混ざって 世界の舞台でどこまで出来るか厳しいところでしょうが
せっかくだから応援しよう‼️  ^ ^



〜以下 日刊スポーツより引用〜

さらに、キャディーのアルバイトをしながら予選会を突破した無名の高山佳小里(24)も出場する。「25歳までにプロテスト合格」という目標を定め、今年が「最後のつもりで1年を始めました」という高山にとって、初の海外ツアー出場になる。日本のレギュラーツアー出場経験はわずか1試合だけで、生涯獲得賞金はなし。まさしく“アメリカンドリーム”をつかむことができるか-。