今日は、私が乳がんになってから今までの、
子どもへの伝え方やその反応について
書こうと思います。
私が乳がんと告知された2018/4/18当時、
子どもは6歳と4歳でした。
どう伝えようか悩みました。
おそらく二人とも「がん」という病気は知らないはず。
でも抗がん剤を使う事が決まった以上、
頻繁に病院に行かなくてはいけないし、
体調が何かしらおかしくなって、
脱毛もする。
急にそんなことになったら
びっくりするだろうし、
心配もするだろうから、
二人には事前に話す必要があると思いました。
ただ、学校とかで変な事言われたり、
(「やーい、お前の母ちゃん、がんーー!!」みたいな?(笑))
テレビの影響で余計な心配をかけないように、
(やっぱり「がん=死」のイメージは強いと思うので)
「がん」という病名は伏せて、
・左おっぱいが病気になってしまったこと
・強いばい菌をやっつけるために、
強い薬を使うので髪の毛が抜けてしまうこと、ぐったりしてしまうこと
・誰にもうつらないこと
・病気になったのは、だれのせいでもないこと
を伝えました。
入院、手術のことは
この時点では伝えませんでした。
聞いた二人は「へー・・・そうなんだー」
ぐらいの薄い反応。
実感がわかなかったのだと思います。
ちなみに、私は小学校や保育園の担任にも
伝えてしまいました。
今思えば言わなくてよかったなーと
思うのですが、当時は自分自身が
不安でたまらなかったので、
子どもにも精神的に影響があるかもと思ったことと、いろいろな行事に参加できないかもと伝えておきたかったのです。
特に長男は一年生になっばかり。
新しい環境でそもそも不安なのに、
母親まで病気になっちゃって、とても心配だったのです。
髪が抜け始めた時に、だんなに角刈りくらいに切ってもらったのですが、
その時には「男みたいでやだー」
と言われてしまいました。
(ついでに言うと、旦那はこの時
「お義父さんそっくり!(笑)」
って言いました。おい、デリカシー!
)
抜けて坊主頭になった時は、
二人とも微妙な顔をしてましたね。
変とか、似合わないとかは言わず、
なんとも言えない顔をしてました。
でもすぐに慣れて、私のウィッグを被ったりするようになりました。
でもある日、娘がふっと言ったんです。
「〇ちゃん(自分の名前)も、
おとなになったら、かみなくなっちゃうんだよねー…
」
びっくりしました。
女の子は、大人になったらみんな
髪がなくなると思っちゃったらしいです。
子どもって思いもしない事を考えるんですよねー。
入院の2週間前くらいに手術でおっぱいをとるんだよ、と話すと、
長男が「ええええええ!?
」と異常な驚きよう。
「おっぱいをとる」ということは、おっぱいの部分が、
背中まで貫通して穴があく
と思ったらしいです。
それ怖すぎ!!
子どもってほんと思いもしないことを考えるんですよねー(笑)
傷口を見た時にショックを受けないように、おっぱいがなくなった、ここにこういう傷の線が入るんだよーなんて話も先にしておきました。
入院中は近所に住んでいる、
だんなの実家にお泊りしてもらうことに。
そのことを話したのはいつだったかな?
1か月くらい前からなんとなく伝えだしたのですが、下の娘はその日を楽しみにし始めました。
夏休みに、上の子だけ実家にお泊りしたことがあり、相当羨ましかったらしいです。
一週間前くらいから、
「おかあさんが入院するのがこの日で~…
」
と、指折り数え始めました。
いや泣かれるよりいいんですけどね···
入院中はいとこも泊まりに来たり、
私の両親も遊びに来たり、
にぎやかにしてくれていました。
おかげで、寂しさはまぎれていたのかなと思います
退院した日、私がお風呂に入ろうとすると、
傷を見せて見せてー!と騒ぎました。
見た時の長男の発言。
「ここみたいなお肉(腹肉のこと)に、黒いの(乳首のこと)もあると思ってたー。」
何言ってるのかわからないですよね?
要は、おっぱいの肉と乳首はそのままで、傷口だけ増えると思っていたみたいです。
身体に穴が開く発言を否定しすぎたのかな?
伝え方って難しい····
そして何より乳首=「黒いの」と言われたことが、ショックでした(笑)
こうやってまとめてみたら、私、心配しすぎてたのかなあと思いました。
親が思ってるより、子どもたちはタフでした。
そして好奇心旺盛。
そして想像力豊か。
もちろん、頑張ったり、我慢したこともあるだろうし、周りのフォローもあってのことなんですけどね。
そんなこんなで、子どもたちは私がいなくても大丈夫なことがわかったので、
今日は友達に会いに、ひとりで横浜に行ってきます!
夜は自分の実家に泊まって、明日はトリネガ患者会ふくろうの会の勉強会に行ってきます!
楽しみ!!