木兆の目覚めは激痛によってもたらされた。
頭の側面に何かが当たると、ハンマーで殴られたのかと思うほどの激痛が流れる。痛みはそれだけではなく、体中のいたるところが悲鳴を上げる。
無理を押して体を起こすと、そこは見知らぬ景色が広がっていた。窓はなく、石のみで外壁を作られた部屋。その中には、必要最低限の家具がそろっているだけで、ギリギリ人二人が住めるラインであった。その部屋の中心に、姫の桃太郎と右京がいた。彼女らの表情は暗く、右京に至っては涙を流していた。
「木兆さん! 起きたのですね! ……よかった」
こちらの安否を確認し、暗い表情から一変、安堵へと様を変える。
「ここは王城付近の地下にある王族しか知らない隠し部屋です。経路も何も知らない人間が入れば確実に迷い出てこれないようになっております。ここで傷を癒しましょう」
そう説明をかけてくれる姫。親友は、と思いそちらに目を向ける。
「太郎……」
右京も同じかと思われたが、そうではなかった。
暗いまま、とも違い、決意めいたものが目の奥で火を灯しているように感じられる。
そんな彼から、すっと電子端末を差し出される。
「この動画を見てくれ」
「右京さん! そのように急がなくても! 今は無事だったことだけでも」
「私はこのような事実を後で聞かされては腹が立ちます。それは俺の親友達も同じことです。目の前にいる太郎も」
二人が何をもってもめているのか、木兆にはわかりかねた。けれど、その答えは右京が差し出している端末にあることだけは否が応でもわかる。
そのため、木兆は何の躊躇いもなく差し出されている電子端末を受け取る。
「内容はよくわからないが、右京が腹が立つって言うのならそうなんだろ。なら見させてもらうよ。幸い、見るくらいなら体の痛みは関係なさそうだしな」
受け取る際もそうだったが、電子端末を操作するにも痛みが走る。
痛みに耐えながら動画を再生すると、そこには右京の父親がいた。ただ、依然あった時よりも少し若いように見える。
『この動画を見ているという事は、私はすでに死んでいる』
どこか海外のチープな映画のような発言に木兆は思わず笑ってしまいそうになるが、右京と画面の向こうの右京の父親も真剣な表情なため、反応はせずそのまま見続ける。
『私が突発的な死を迎えたときにこの動画はお前の端末に送られることとなっている。それが病気や突発的な事故であることを、私は心の底から願っている』
一呼吸置き、右京の父親は再び話し始める。
『まず初めに、鬼の一族は生きている』
衝撃的な発言に木兆は一瞬硬直するも、すでに実際に目の当たりにしていたことを思い出す。そのため、先ほどまでふざけ半分に聞いていた心が、本当のことなのだと真剣に向き始める。
『鬼たちは鬼の王が死なぬ限り全てを滅することはできない。そのため、極秘で国の内部で監視をし、何も起こさせないようにしていた。もしも、彼らが解き放たれたとしても、私や犬、雉の奴らと桃太郎様が居れば鎮圧することは他愛のないことだ』
だが、と右京の父親は続ける。
『もしも。もしも、だ。鬼の王が復活する事態になった場合、我々では難しいだろう。初代様たちほどの力がないからだ!』
だん! と悔しそうに机をたたく右京の父親。
そして、その発言を聞いて、木兆は冷や汗をかく。
鬼がかしずき、支配者と認めていた人物に、木兆はつい先ほどあっているのだから。
『復活、と言ったのは、鬼の王は死んではいない。もちろん、他の鬼のように監視しているわけでもない。だが、奴の力は強大で、初代様たちでも殺しきることはできなかった。そのために選んだ手段が、封印だ。
元々、桃太郎様の家系は鬼を封ずるに特化しており、初代桃太郎様は当代一の封印士だったそうだ。だがその初代様でもまともに封印することが叶わず、身をもって鬼の王を、魂と能力と体に分けた』
悔しいためか、画面に見える右京の父親の手は固く握られ、ぶるぶると震えている。
『魂は厳重に保管し、ごくごく一部の者にしか保管場所を伝えなかった。能力は桃太郎様の一族に受け渡し、現在に至る王家の超能力や老衰死以外の拒絶を引き継がせた。そして、体も桃太郎様の一族に私、王家以外の家系として身をもって受け継いできた』
右京の父親が話を進めていくにつれ、木兆の鼓動は早くなっていく。
それは頭では否定していても、心では至っている答えを認めてしまっているからだ。
『初代桃太郎様の一族の名は鬼割(きざき)。体を守る家系は封印の強度を高めるため、邪気を払う桃の字を分け、読みはそのままに木兆として過ごしている。お前が友達になっているであろう人物だ』
至っていたその言葉を聞き、より胸が苦しくなる。そしてそれは、他の、あってはならない事実まで、木兆に伝えてしまった。
『もしも、鬼の王が復活したら、姫様を頼れ。姫様や他の人間には秘匿にしてあるが、彼女は能力がないわけではない。すでに発現している。彼女は初代桃太郎のおばあ様が持ち合わせていた、鬼避団子(きひだんご)を作れる。今はなまって伝わりキビ団子となっているが、元来は鬼避団子だ。その団子を食べたものは、能力の限界を超え、肉体を行使できる。そのおかげで初代様たちは鬼を退け、鬼の王を封印することができたのだ。
これは私がお前に伝える前に死んだ場合のための動画だ。これが送られていることには、代々受け継がれてきた能力はお前に受け継がれているはずだ。もしも、犬や雉が同じことになった場合、その息子を集め、姫様と共に国を、世界を救ってくれ。頼む』
右京の父親が深々と頭を下げたところで、動画は終わった。
音声が無くなり、静まり返る部屋。その無音を破壊したのは、右京だった。
「それで、親父は死んだ。けど、ただの鬼だけなら死なないと言っていた。なのに殺された。なら相手は鬼の王ってなるが、どうなんだ、太郎」
試すように声を掛けられた木兆は、慌てることなく、自分が至っている結果を右京、そして今にも不安で押しつぶされそうな顔をしている姫様に向けて伝える。
「右京。俺は前に俺の家系について、お前らに話したことがあったが覚えていることはあるか」
「……それは今の話と関係があるのか?」
「あぁ」
「……うろ覚えだが、子供は一人しか作らない、だったか」
「そうだ。家系図を見せてもらったが、一本がずっと続いていた。当時は少し不思議だったが、今思えば、鬼の王の体を無闇に増やすことなく受け継ぐためだったんだ」
「だから、それならば今はお前がそうなんだろう」
「違うんだ」
「何が違うって」
「何世代も何世代も変わることなく続けていたのが、今だけ狂っているんだ」
それは、人間にはどうしようもない、神のいたずらのような偶然。
「俺も忘れていたんだが、俺には双子の兄がいるんだ」
「なっ!」
「え!」
驚く二人に、木兆は待たずに続ける。
「忘れていたのも、その兄は出産の際に死んだって聞かされていたんだ。きっと兄が生きていたら、俺が殺されていたか、生かされても監視されて自由のない生活が待っていたかもしれないが」
そう。だからこそ、薄れゆく意識の中で聞こえた、弟よ、と自分自身に似たあの存在はこちらに言ったのだろう。
姿が似ているは当然だ。双子なのだから。
そして、今になって理解する。兄やそれに付き添った鬼の攻撃を避けられたこと。あの身体能力や少し前まで痛みが走っていたがそれもなくなっている回復力など、鬼の王の体によってもたされていたのだ。
「きっと医者が鬼の狂信者か何かで、生きている兄を死んだと言って連れ出し、裏で育てていたんだろう」
「てことは、街を破壊して親父たちを殺したのも」
「すまない。俺の家族だ」
右京に向き直り、木兆は深々と頭を下げる。
「はぁ。なら安心したわ。敵と一緒にいるなんてぞっとしない話だったからな。……なら太郎、お願いがある。俺と一緒に戦ってくれないか。一般人のお前に言う事じゃないことはわかっている。けど、お前しか頼める奴はいない。お願いだ」
木兆が頭を上げたすぐに、今度は右京が頭を下げる。
「馬鹿かお前。俺の家族がやらかしたんだろ。家族の俺がどうにかするしかないだろ。そうじゃなくたって、俺らは親友じゃないか。こーゆー時こそ、頼ってくれよ」
「木兆……」
ガシッ! と勢いよく二人で抱き合う木兆と右京。
それを、姫たる桃太郎は冷たい目で見つつ、質問をする。
「それで、あのー。私は……」
問われ、木兆と右京は目を合わせ、にかっと笑うと、揃って答える。
「「鬼避団子を作ってくれ!」」
〇 〇
鬼避団子を腰に携え、木兆は桃太郎と右京と共に使用人が使う王城の裏口へと来ていた。
「確認だ。鬼避団子は右京、持っているな?」
「間違いなく」
懐から木兆が持っている袋より少々小さ目の袋を取り出し、中に団子が入っていることを見せる。そしてなくさないよう、すぐに懐の中へと戻した。
「使えるのは制作者以外だから、姫様は使えない。本当は残ったほうがいいんだが」
「何度も言わせないで下さし。国民に任せて身の安全だけを考える王族がどこにいますか」
「了解です。だから、基本一人は離れずついていき、守る。ただ、できるだけ姫様も危険を避けてください」
「かしこまりました」
「あと、これは俺と右京だけだが、鬼避団子は一度に複数摂取しないこと。そして効力は30分で、摂取したら10分間はインターバルを開ける事」
「そうしないと、人間に戻れなくなる、だったか」
「ああ」
姫が鬼避団子を作成している間、木兆と右京は他に送られてきていた動画を見ていた。内容は先ほどまで確認していた注意事項。そして、その注意事項を守れず、初代たちは人間には戻れなかったということ。
「多めに持ってきているのは、猫ノ助と菊丸の分だからな。美味いからって食べ過ぎるなよ」
「太郎こそ、ちゃんと平等にわけてやれよ」
冗談を言いつつ、二人は軽い小突きを行う。
そして二人の拳が少し震えているのを、姫は見逃さなかった。
「二人とも」
「なんです?」
「なんでしょう」
「この度は王族の失態に巻き込んでしまい、誠に申し訳ございませんでした。貴方達のような学生に手を貸していただくなど、あってはならないという事だというのに……」
姫は頭を下げ、思いを吐露する。
木兆は下がった姫の顔から水滴が落ちるのを目の端でとらえる。
「姫様。心配しないでください。俺は軍の家系ですし、太郎に至っては身内の失態です。逆に迷惑をかけてしまって申し訳ないと話してましたよ」
「そうです。弟ながら恥ずかしい限りです。それに、こっちは親友二人とも連れ去られているかもしれない。助けに行かないのは親友としてありえません」
「なので、迷惑だとか巻き込まれたとかそんなことは思ってはいません。俺らはしなきゃいけないことをするだけです」
「…………ありがとう。本当にありがとう」
頭を下げたまま、より水滴をこぼしつつ、感謝を木兆たちに伝えていく姫。
それを木兆と右京はこそばゆくも嬉しさ一杯に受け止めた。
何度か感謝は姫がした後、ぐいっと手で目の周りの水滴をぬぐい、王城に向く。
「それではみなさん、行きましょう!」
「「おう!」」
勢いよく前へ進み、すでに開いている扉を抜けて王城の中へと入る。扉を抜けた部屋は荒れ、廃墟同然のようになっていた。
部屋を出て廊下にモデルが、その歩く道は傷つき、場所によっては猛獣が何匹も暴れまわったのではないかと思えるほどに引き裂かれていた。
一体なぜこのようなことに、と疑問符を頭に作っていると、道の先に一つの影がった。
「!? 猫ノ助!?」
連れ去られたであろう猫ノ助がそこにはいた。
嬉しさに近寄ろうと瞬間木兆は考えたが、すぐに取りやめる。
あきらかに猫ノ助の様子がおかしいからだ。
「ね、猫ノ助?」
確認のため、もう一度名前を呼ぶ。
しかしそれに対しての返答はない。だが代わりにぼそぼそと言葉を作り始めた。
「……ぉ……す……ぃ……ぇ……ぉぉす……こ……す…………て……きを……ころす!」
叫び、猫ノ助は襲い掛かってきた。