昨日の満月
で生まれちゃうかも!?と思いましたが、
病室内にいて月明かりを一切感じなかったからか、双子はお腹の中に留まってます。
(そういう問題なのか!?)
かわいい盛りのもうすぐ3歳になる息子
予定どおりに双子が産まれたら、
彼の誕生日にお兄ちゃんになる予定です。
(三兄弟同じ日が誕生日)
なので、今年はお誕生日を祝ってあげることができません
今はみんなからちやほやされているけど、
双子が生まれたら、、
いっぱいいっぱいで構ってあげられる気がしない・・
妊娠後期は、抱っこをせがむ14kgの息子を
抱っこしてあげることができず、
お父さんにしてもらってねと言うと、理解したのか素直にお父さんの方に行く息子。。
もっと思いっきり遊んであげたかったと、切なくなります
双子が生まれても、息子を大事にぎゅーってしてあげたいと思っていますが、余裕がなかったらテレビとかに頼ってしまいそうだし、些細なことで怒ってしまいそう・・
なので、息子のケアは夫にお願いをしたり、
たまに息子と2人っきりで過ごす時間を作りたいなと思ってます。
たぶん。
私の幼少期もそうだったんだろうなぁと思う。
私も弟と3歳違います。
3歳ともなれば、親が言ってることもわかるし、雰囲気も察することができるお年頃。
現に息子は、私が何の気なしに歌っていると
『何の歌うたってるの?』と聞いてきたり
(「ゲスの極み乙女。だよ」とは言いにくい←)
ちょっと家族と言い合いになっていると
『けんかしないで!怒らないで!』と諫めるか、
『お父さんが「ごめんね」って言わないとだめだよねぇ』と意見するか、
(たとえ私が悪くても
)
『ねぇねぇ』と話題を変えようとしてくる。
いろいろわかってくると適当にあしらわれるのもわかるから、
自分の3,4歳時はひねくれてた気がする
ケンカすればみんな弟の味方。
(当時、弟はぽちゃっとしてて可愛かった。
そんな弟の将来の夢は『ぞうさん』だったw)
私は4つ上の兄とも3つ下の弟ともケンカしましたが、兄と弟は年が離れてるのでケンカしてるの見たことない
なので、兄も弟の味方。
そうして私は、トゲトゲ可愛げのない少女に成長


『うちには女の子がいない』と言われていたような
化粧とかして色気付いた?自分の姿を家族に見せるのが嫌な少女時代でした。
(女だからって舐めんなよ的な
)
大人になって母親から、
どんな会話の流れだったか
『あんたをもっとぎゅーってしてあげたら良かった。』
そう言われたことがあります。
たしかに、おぼろげな記憶で
母に話しかけて面倒そうな顔をされた記憶があります
弟に手がかかる頃は好奇心旺盛期で、
『なんで?どうして?』と毎日のように聞いてたので、
そらめんどくさいわな
そして、父親は単身赴任中のためワンオペ。
3人きょうだいを育てるのは大変だったろうなと今になるとよーくわかります。
しかも実家(福岡)は遠くて頼れないし・・
そういう少女時代を過ごしてきたため、
息子には同じ思いをさせたくないのです。
できるだろうか・・
いや、やらねば
そういうのもあったので、
息子ファーストにできるよう、私がまだ動ける内にディズニー
に行ったり、八景島シーパラダイス
に連れて行ったりして、
コロナ禍で心配ではあったけど、息子が中心で主役の楽しい思い出を作りたかったのです。
まだ20代のころは、そういうの考えて
5歳差にしようなんてぼんやりと考えてましたが、バタバタ過ごしてる内に高齢に突入
ギリギリ36歳で第一子を産んだくせに、
もし叶うならば、子どもは3人欲しいなぁと考えていた私。
2歳差でいけば、3人いけるかも!?なんて思っていましたが、
そう簡単には授かれず。
第一子は、一回の採卵・移植で授かれたので、
もしかしたらすぐできるかも!?なんて甘かったです

不妊治療を続けるのも精神的にも金銭的にも大変で、
受精卵も使いきり、あぁもう無理か。と諦めそうになっていた時、
まさかの双子妊娠で、2日後にはその夢が叶いそうなところまできました。
(早生まれなので、ギリギリ39歳で出産になります)
私は双子が生まれたあと、息子にこれだけは言わないでおこうと思っていることがあります。
それは、
『お兄ちゃんでしょ!』
『お兄ちゃんなんだから!』 です。
なぜなら彼は望んでお兄ちゃんになるのではなく、
親のエゴ?で治療までして彼をお兄ちゃんにするのだから。
と、今は思ってますが、
上の子かわいくない症候群とやらに私もなってしまうのだろうか
たくさん大好きだよ!と伝えて、
あなたのホームはここなのだと、息子の自己肯定感を爆アゲしなければと思っています

息子は寝てるけど、私は寝たふりという、
夫に撮ってもらったヤラセですw
