先日、区の無料健康診断で
近所のクリニックに行きました。

この健康診断は毎年2人で受けているんですが、
私は今年55歳というキリの良い年齢なので、
他に「大腸がん検診」「胃がん検診」「乳がん検診」「成人歯科検診」と、
たくさんの検診が無料になるそうです。

なので行かなきゃなぁ〜、と思ってます。
でもどうやって時間を作れば良いんだろう?とも思います。
普段の生活サイクルでさえ結構カツカツなので、
たかが健康診断くらいに時間を作るのは大変だなぁと思うのです。

こういう時のためにヘルパーさんに来てもらえるようにしてるんですが、
いかんせん人手不足で滅多に都合よく入ってはもらえません。


実は、今回の健康診断の付き添いも、
2週間前に事業所に連絡してみてたんですが、
「そんな急な依頼には応じがたい」というような感じでした。

介護業界は今、究極の売り手市場です。

友人の話で、こんなエピソードがあります。
日曜日に1時間だけ来てくれる人を探していたら、事業所から
「ヘルパーにも休みが必要ですからね」と言われたそうです。

また他の友人はケアマネさんから
「医師より看護師より介護職が足りてない。
だから、来てもらえるだけでもありがたいと思わなきゃ」
と言われたそうです。

じゃあ私達は?と思います。

私達は、無給で、無休で働いて、
それで体調不良を訴えても、
人手不足なんだから仕方ないでしょと切り捨てられます。


家族は、24時間365日ずっと付きっきりでも、
それが当たり前だと思われているのです。


そして口さがない人からは
「友人を呼んで呑み会をする余裕があるじゃないか」とか
「毎晩インターネットに書き込む時間もあるじゃないか」と言われます。
せめてもの慰めに、少しでも人間らしい生活をと思っても
それは贅沢だと後ろ指をさされます。
そして最後には「自分で決めた道でしょ?」
「好きでやってるんでしょ?」「嫌なら止めれば?」と反論されるのです。

まるで江戸時代の身分制度、士・農・工・商・在宅介護です。


でも負けませんよ、私は。
白旗を上げるのは性に合いません。

自分の健康も、きっちり守ります。


















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重度訪問介護で、
長時間ヘルパーさんに居てもらえるようになったので
毎週プールに泳ぎに行くようになりました。

区民プールで料金が安いせいか
平日の昼間はご高齢の方々が多いです。

皆さん結構ガッツで泳がれてます。

明らかに65歳オーバーの女性が見事なバタフライで

あまりに素晴らしかったので思わず

「カッコいいですね!」と声をかけたら

「ここで1年練習してやっと25メートル泳げるようになったのよ」

と爽やかな笑顔が返ってきました。

歳をとるという事と、

老けるという事は、別ものですね。




ある日、いつもより少し早い時間にプールを出て

いつもとは少し違う道順で帰りの駅に着きました。
そうしたら偶然、素敵な夕景に出会いました。

人生には色んな山や谷があって

なんで自分だけこんな辛い目に遇うんだなんて

思うかもしれないんだけど


でもよく考えてみたら
それはもう
ほんのちょっとした回り道で

どんな回り道でも、登山道でも高速道路でも

行き着く先はみんな同じで

100年後も生きてる知り合いなんて

誰1人だって居ないんだから


だからちょっと頭を切り替えて

深呼吸でもして一服して

夕景でも楽しむのも、また一興です。


刻々と変わる空の色が

万華鏡のように美しくて


回り道も悪くないよねと思いました。





















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10月22日は私達の「開戦記念日」です。

13年前の今日、カツは救急車で運ばれました。
そして私の闘いが始まりました。


「闘いが始まった日」
http://katsutsun.web.fc2.com/031022.html


これは発症から4年後の2007年10月22日に、
CDのライナーノーツに書いた文章です。
この頃からもうすでに吠えてたみたいです。

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「あれだけ、何でもすぐ言いたい、したい、の人間が、これはできない、これは言えない、とグッと我慢しなくてはならないことが随分多くてかわいそうだ。」

これはオノ・ヨーコが1960年代(2人が最初に会った頃)にジョン・レノンに対して感じた、とジョンの死後に書いた文章の中にあった言葉ですが、私も今、カツに対して全く同じ事を感じています。(もちろん、状況は全く違いますが。)

どうして神様は(運命は)私達から「自由」を奪ってしまったんでしょうか。
私達は、地位や名誉なぞというモノをあまり重要とは思っていません。
カツはよく「あのね、『仕事』っていうのは生きていくのに仕方がないからするモンなんだよ。だから『仕事』の為に生きるなんてのはチャンチャラおかしな話なんだよ。」と言っていました。

もちろん人間の価値観は人それぞれですから、カツの言っている事が全て普遍的な真実とは言いませんが、少なくとも私達には共通の考えでした。
だからもし神様が(運命が)どうしても私達から何かを奪わなければならなかったのなら、そういった「私達があまり重要と考えていないモノ」にしてほしかった、そう思わずにはいられません。例えばもしそれが「住む家」だったり「仕事」だったりしても、きっと私達は笑って何とかやり過ごしていけた事でしょう。

それでも何でも、この与えられた現実から逃れる事はできません。
今、目の前にいるのは「不自由な身体の」カツです。
でもだからと言って、私達はこんな事で私達自身の生き方を変える訳にはいかないのです。それ以外の生き方はどうしても出来ないのです。

だからこそカツの「自由」を取り戻すために、私は毎日闘っています。
リハビリ病院の中で、思いっきり浮きまくりながら、こうは出来ないか、ああはならないか、とまるで口うるさい「モンスター・ペアレント」の様に動きまわっています。

脳卒中という病気の特徴上、周りの患者さん達は、それこそもう私達の両親と同じ位の年齢だったり、それ以上の方もたくさんいらっしゃったりの世界で、そういった方達は、たとえ「介護方法」や「リハビリ内容」に多少不満があったとしても、仕方がないと諦めてしまわれている場合が殆どの様に見受けられます。
しかし、それをいいことに今の行政は、どんどん弱者を切り捨てる方向に進んでいます。全く現場を知らないお役人さんが作ってしまった「リハビリ日数制限」という変な規制のせいで、悔しい思いをしている方々を私はたくさん目の当たりにしてきました。

まだはっきりと解明されていない「脳や中枢神経の可能性」についての専門的な医師でさえない役人に、どうやって回復までの日数が分かるのか、それも患者さん一人一人で症状が全て微妙に違うこの「脳の病」の治療をどうして画一的な数値で規制しようとするのか、どうして「財政が悪化している」と言いながら、1度に何千人、何万人もの人間を殺す兵器を売ったり買ったり作ったり、挙げ句の果てには賄賂をもらったり、そんな事が平気でできるのか、はっきり答えを聞かせてみろ、と声を大にして言いたいのです。

私だって「本当は世界に向かってバカヤローと叫びたい。」という気持ちで一杯なのです。

















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