だいぶ時間は経っているけど、今日見つけて良かった。
ちょっと考えなさい、ということだね。
祖母が亡くなって2週間。
別れの悲しみは我慢するべからず、と感情のまま過ごしていると、
気持ちの変化が他人事のようによく見える。
声を上げて泣いたり、急に涙が落ちてきたり、考えないようにしてみたり。
悔し泣きではない涙をこんなに流したのは記憶にないくらい久しぶりで、
頭痛が止まらなかったり目の周りがひりひりしたりしました…
その一方で、冷静な自分も。
残された家族の将来について悩んだり、
親に頼られたり頼ったり話し合ったり。
きょうだいと、身内について話して安心したり。
母の嫁としての今までの立場を労い、これからの苦労を案じたり。
父に説教したり(これは予定)。
少なくとも私たちきょうだいは、素晴らしかったと感じた葬儀。
その場にいた人、いられなかった人の気持ちが一点集中していたからこそ起きた、
気持ちの同調を感じる体験もいくつかあり、
貴重な濃いそう簡単には味わうことのできないだろう空間でした。
もちろん全員が満足感のみなわけではないのが残念ですが、
その痛みを吐き出す相手に私がなれたことが、せめてもの救いです。
そんな中でも周りへの感謝の言葉を口に出せるその姿勢にも脱帽。
その境地に私が辿り着くまでは、あとどれくらいかなあ…
とりあえず、みんなちゃんと自分の足で立っていることを確認できた気がします。
頼り頼られ、は必要だけど、依存はいらない。
その人ごと抱え込むのではなく、
気づかれないようにちょっと支えることができるようになりたいです。
理想の自分、ひとつ増えました。
『仏のこころを持つ私』




