私の近所には、年配のおじいちゃん おばあちゃんが沢山いて、ゴミを捨てる時ゴミステーションまで大変そうなんです。

だから、たまたま一緒に時間に出くわすと おばあかんのゴミも運びます。有難うって言ってくれるけど、その日以来 挨拶もしてくれなかったおばあちゃんが『おはよう』って言ってくれたり、笑いかけてくれます。

おばあちゃんのゴミを出すのも ただ単に純粋な親切じゃないのかもしれません。結局、そのまま素通りすると罪悪感があるし、運んで喜ばれると 優越感みたいなものを感じたり・・・嬉しいんです。偽善者だなぁと思います。


偽善者であっても、相手が喜べばお互い良い事ずくしでいいじゃない!!


自分が満たされていないと なかなか人には優しく出来ないもの。

お腹が減っていたら、苛々しちゃうし(◎`ε´◎ )

時間がない時 前の車がゆっくり走ってたら、苛々しちゃうし(◎`ε´◎ )

でも、気持ちに余裕があれば、道も譲るし苛々もしないなんて、勝手なものである。

だから、いやなヤツ!!と思った時、相手の方の間が悪かっただけで普段は良い人なのかもしれないのです。


優しい人になるには、自分を満たす事も必要なのかもしれません。自分も大切に?

その満たされる基準が人によって違うから、少しの事でも喜びを感じられる心を持てば、幸せ度がUPするんだろうな!


結局、悪い人とか良い人って、その時に出会うタイミングだったり、価値観の違いだったりするから、私自身も誰かにとっては悪い人に写っているのかもしれない。


皆どこかに大切な人がいて、誰かには優しかったり親切だったりするだろうし、悪人っていないのかもしれませんね。