【哀咽】
*ブレイク×ギルバート
*XLII 妄想話
喉が痛くて
目蓋が熱くて
肺が焼ける様だった
【哀咽】
迂闊迂闊迂闊。
その一言に占拠された視界から目を逸らす事が叶わない。
『見たいものなら他に幾らでも有るというのに』
ただ黒い視界に浮かぶ朧なイメージと文字を見つめるだけ。
そうしてベッドに埋もれてから何時間が経つのか。今や時間さえ分からない。
過去に見たものなら想像が出来るが、未だそれが無いものでは叶う筈もなく。
(そう、例えば今私の下にいる男の顔とか)
そっと確かめるように手を添えた彼の頬に口付ける。
擽ったそうに身を捩るその身体を指先で追った。
「――あっ、ぅ・・ブレイク・・・」
背が高く、だがそれ程肉付きの無い肢体が小刻みに震えている。
彼を抱くのはこれが初めてだった。
彼は自分が倒れた事に有りもしない責任を感じてここへ顔を出して来た。
始めはその湿度に呆れたが、余りに心配してくる彼が逆に不憫になるという始末。
(やはり自分は彼に甘い)
内心でため息交じりの微笑を零したが、それはふと自嘲に変わった。
「―――違いますネ」
「何が・・・だ?」
零れた一言に不思議そうに見上げて来た彼の目蓋へキスを落とした。
(甘いのは私に、ですね)
コレは無意識のうちに自分へ与えた慰めであり、彼への愛すら言い訳かもしれない。
そう考えてやはり「彼」は不憫なのだと思い直した。
シャツの釦を外していく手を彼が見つめていた。不自然な動きをしないよう注意する。
手を差し入れ熱い肌に触れると、其処へ己の額から汗の雫が流れ落ちた。
白い髪が汗に濡れて額に張り付き、下の男もまた同じように黒髪を濡らしていた。
熱い吐息とベッドの軋む音だけが感覚を刺激している。
目から入る情報が少ないせいか、それは大袈裟なほど卑猥に届いた。
「どう、した?」
「どうした、とは?」
涙の膜が張っているのか彼の瞳が微弱に光って見える。
胸の奥がざわりと蠢くが、頬に触れて来た手によってその波は静かに引いて行った。
「何デス?」
「・・・何かお前、哀しそうな顔してるな・・」
(あぁ・・・何とも情けないですね)
やはり慰められているのは自分の方だった。
此方から誘い、抱いていると言うのに自分は己の事で一杯一杯だったのだ。
心の深層にある傷みが外へ漏れ出していたという失態。
目に見えない筈が露呈していた。今までには無かった経験だ。
「――ブレイク?」
「全く、馬鹿のくせに敏感というか」
「なっ!」
「黙って」
心外だと眉根をつり上げた彼の手に指を絡め、その呼吸を奪った。
彼の身体は一瞬の震えの後大人しくシーツに沈んで行く。
離した唇からは銀の糸が二人を繋いで直ぐに切れ落ちた。
「私は君に、溺れていたいのです」
囁いた言葉に彼の身体は熱を増すが、自分でもこの時の表情には自身が無い。
彼を安心させるというより、気休め程度にしかならないだろうとは思っていたが
本当に笑う事が出来なかった。返って逆効果だっただろう。
しかし此ればかりは言葉にしてはいけない事だ。
(君が、見えなくて寂しいなど――)
どれだけ愛していようとも、愛しているからこそ言ってはいけない。言えない言葉。
(そう想う事が相手を傷つける事も、解っているのですけどね)
やはり答えを求めるべき問題ではないのかも知れない。
自分の歪んだ笑みを見た彼が、これもまた複雑な笑みを浮かべていた。
「やっぱり、哀しそうな顔だな」
彼はそう言って静かに笑った。
(一体どうしてくれるんでしょうね)
喉の奥がひりひりと痛い。目蓋の裏が熱い。肺が掻きむしりたい程熱い。
長年経験することを止めてしまっていた感覚に困惑が隠せなかった。
「生意気な事、言うんじゃありませんよ」
俯き、交わる行為の速度を速めた。
大きく跳ねた身体と耳に届く熱っぽい吐息が心を満たす。
自分だけが彼を満たす事が出来る。そして彼もまた同様に。
再び元の静けさを取り戻した室内で、先程彼が言った言葉を反芻していた。
恐らく自覚していないだろうが、あの場面で限りなく優しい言葉を。
この事実を隠す自信はあるものの、今は実感する事で手いっぱいな様だ。
知られたい訳ではないのに、感情のやり場に困る。
シーツを握り込んだ指先が白くなるのにも気づかない。
(―――泣くまい)
泣くまいと、そう心の内で言い聞かせ、目を閉じた。
心を配られるなど、私にはすぎる事だから。
【哀咽】―END―