【優しいカラス】前編
*リクエスト⑤
*(ヴィンセント×)ギルバート←エリオット
鴉の ナキゴエ を聞いた
【優しいカラス】
伝えたい言葉は臆病に身を潜める。
触れたいこの手は突き放す。
ゴミを漁るカラスを見るように、冷たい目線は何年も固定されたままだった。ただ心と体が必ずしも一心同体とは限らない。突きつける言葉も突き放す両手も全く逆のことをしたかった筈だ。
深夜。得体の知れぬ苛立ちを払拭する為部屋を出ると金髪の義兄弟に出くわした。
「―――お前…」
「…何?」
得意ではない相手。義兄弟とはいえもう一人の兄と違い腹の底が知れない。如何にも機嫌が悪いといった顔でオッドアイがと細められた。彼の歩んできた先を見やり、空気に流そうとした靄を気づけば口に出していた。
「…ギルバートの、部屋に居たのか」
「…だったらどうなのさ」
彼らは実の兄弟であり一緒に居たところで咎める者もないし介入する理由もない。
そうだ、あの声を聞くまでは無かった。
「…お前、あいつに何をしている?」
「?―――あぁ…そう、そうか」
一人で納得したように笑いを含んだ彼にいぶかしむ。その様子さえも可笑しいのか彼の嘲笑うかのような笑みは深みを増した。
「ふーん…聞こえたんだ…それで何?興奮でもした?」
「!ふざけ――」
突然の後頭部の衝撃に目が眩んだ。
「深夜に騒がないでくれる?…コレだから子供は嫌いなんだよ」
語尾の低い声に肌がぞくりと粟立った。口は勢いよく伸ばされた手で塞がれている。背後の壁に押さえつけられた体は上からの圧迫に軋む様だった。酸素を欲してもがくといやらしい笑みを浮かべた顔が鼻先が触れそうの程に近づき思わず目を閉じた。
「――――ッ!」
「彼に抱かれたいの?それとも、君は抱きたい方…?」
しかし耳元へとすり抜けたその唇は揶揄するような甘ったるい声で囁いた。本能的な恐怖を感じると共に『あの声』が脳裏に蘇る。悲鳴の様な声が掠れた甘えるような声に変わる瞬間。苦しそうに、切なげに眉を寄せる姿が容易に想像し得た。
「僕は君に興味が無いけど…君がギルに興味があるなら話は別かなぁ」
「…ッ俺に、そんな趣味は無い!」
「あはは!そう?でも常に真直ぐ前へ歩いている君にとっては『背徳』程魅力的な言葉も無いと思うけど」
真近くにある顔に嫌悪感を隠せない。更にそれは離れるどころか近づいて来る。歪んだ唇から赤い舌が覗いており彼の左手がゆっくりと頬を撫でその手は緩慢な動作でリボンタイを解いていく。カサという小さな布擦れの音さえ緊張を煽った。首筋に生暖かい感触を感じた瞬間、喉の奥がひゅっと音を立てた。
「…ぁ」
「―――!」
乾いた声が絞り出された時、辛うじて聞き取れる微かな物音にそれは静止された。
ヴィンセントの手から開放されるとそれまで全く動かないほどに緊張していた身体から力が抜け、床に膝を付いた。彼は相変わらずの嘲笑を浮かべ自分を一瞥するとその場を去って行った。
(―――くそッ)
内心で舌を打つ。彼の言った言葉が脳内で反芻していた。
『背徳ほど魅力的な言葉もないんじゃない?』
そんな事がある筈はない。自分が意識しているのはそんな感情では無い筈だ。
元よりあの男は常に鋏を手放さず人形を切り刻んでばかりいた人間だ。兄達に言われずとも自然と距離は遠のいていてた。彼の舌が這った肌に恐る恐る手を当てる。ぬるりとした生暖かい感触を思い出し背筋が震えた。
あの義兄は弟と肌を合わせているのだろうか?
あの舌と身体を甘受しているのだろうか?
本当にあの男のことを受け入れているのだろうか?
確信めいたものを腹に溜め込みながらも敢えて疑問を生じさせずにはいられなかった。半ばぼうとした頭のまま、タイを結び直し部屋へ戻った。
「エリー、お前どこか悪いのか?」
食事の席。逸早く自分の不調に気が付いたのはアルフレッドだ。気さくな兄の心遣いに曖昧な笑みを返す。血の繋がった兄弟とはいえ今回ばかりは相談出来ることではない。誤魔化しに彼は少々気難しい顔をしたがそれ以上の追求は無かった。
「―――…」
暫し無言で食事をしていると少し離れた席から視線を感じ、目を向けた。
その先に居るのは黒髪の義兄弟。先日念願の鴉との契約を果たした彼だがその表情は何処か影を落としたままだ。その彼が少々心配げに此方を見ている。言葉には何も言わなかったがその目はそれ以上に彼の心を語っていた。居たたまれずに顔を背けると視線は途切れ、他の人間からも何も言われなくなった。ただ、一人が口を歪めるのを確かに目の端に捕らえていた。
ある程度の予想はしていた。
「―――エリオット」
食事を終え皆が席をたった時、直ぐに義兄が声を掛けてきた。兄という存在は何処でもこういったものなのだろうか。今一番会話をしたくない悩みの種だったが何となく無視する訳にもいかず振り返った。
「…なんだよ」
「いや、顔色が悪いから…今日は休んだらどうかと思って」
「体調が悪いわけじゃない。気にするな」
「エリオット、待てって…」
咄嗟に伸ばされた手が肩を引き止めた。反動でグラついた刹那、昨晩の出来事が走馬灯のように蘇る。―歪んだ唇。鼓膜に触る布擦れの音。肌を這う生暖かい舌―
「ッ触るな!」
「――痛、ぅ!」
瞬間に走った嫌悪感。身体を反転させ気づけば彼の手を思い切り叩き落していた。
「…は……、ぁ…悪、い…」
「お前な、もうちょっと…手加減しろよ」
痛そうに手の甲を押さえながら彼は苦笑いを浮かべた。それから平気だとでも言うように手を振って逆に謝ってまで来た。
「俺も少し、しつこかったな。すまん」
頭の上を自分より少し大きい手がわしゃわしゃと撫でる。思わずびくりと震えた肩に、途端彼は慌てて手を離した。
「―――、言ってる先から…悪い」
「………別に」
顔を伏せて踵を返す。謝る彼を今度こそ無視して長い廊下を闊歩した。あの、暖かい手が髪に触れた瞬間自分は相当情けない顔をしていたに違いない。だから無視した。振り向ける筈も無かった。
部屋に辿り着くまでの間。少し熱を帯びた目蓋を、やはり体調が優れないせいなのだと必死に思い込もうとしていた。
【優しいカラス】―ちょっとだけ続きます―
*あひるんざら様へ。
遅くなりました。そして微妙な出来で大変申し訳ありません;;
帰宅後に加筆修正または続きを別で書きますのでまた少々
お付き合い頂けると幸いです。すみません!