どうもどうも。
aatyです。
なんかとても硬いタイトルになってしまったのですが
今日はタイトルにある通り
変わりたいけど変われない苦しさやもどかしさ
その背景にある理由ということについて考えてみたいと思います。
今回は長文になります。
できれば
変わりたいけど変われない
とか、
変わる一歩が踏み出せない
とか、
「いい加減、あなたも変わらなきゃねー」
いや、そんなこと言われなくても分かってる
自分自身が痛いほどそう思ってる
でも変わることを考えるだけで
身体は動悸がするし汗が出てきて言うことをきかないし
こころの中からは重たい不安が無限に湧き出てきて
自分を重く覆いつくして、身動きがとれなくなる
アタマではわかっているんだけど、こころと身体が言うことを聞いてくれない
そして、こんな自分がどうしようもなくてただただ情けない…。
そんな状況にある方に読んでいただければ幸いです。
先に申し上げますが、
変わる方法!とか
ヒント!とかではありません。
変わりましょう!
とプレッシャーをかけたい訳でもありません。
かといって
そのままでいいんですよ
なんて無責任な慰めを言いたいのでもありません。
何がお伝えしたいかというと
きっとこれまでの人生の大きな流れの中で
いろんな出来事があって
必要があっていまの自分があるんです
変わらないといけない!とか
変われない自分はダメだ!とか
自分を追い詰めるのではなくて
どういう理由でいまのこの自分がいるのか
それを自分なりに理解してみて
それから今後の自分との付き合い方を考えてみてもいいじゃないの?
そんなことをお伝えしたいのです。
えへへ。
なんか力が入っちゃいました。
さて、これから述べるのはあくまで自分なりの見解です。
もしお気を悪くされる方がいらっしゃいましたら申し訳御座いません。
ではまず、人生を川下りとしてイメージしてみたいと思います。
どんぶらこっこ、どんぶらこっこ…
これはあれですね
桃太郎の桃でした。
…。
そうじゃなくて
人生は川の流れのように…とよく言いますが、
人生の流れというものを大きな川としてみると
穏やかな流れをゆったりと乗りこなしてこられた方もいらっしゃれば
気を抜けば振り落とされそうな急流であったという方もいらっしゃると思います。
また、川を下るためには
ボートやイカダのような乗り物に乗って進みますね。
その乗り物は自分ひとりで乗っている訳ではありません。
たとえば、
大人になって成人するまでは家族というイカダ。
家族やきょうだいと一緒に乗っているといえるでしょうし
ときにクラスメイトや友達関係
あるいは仕事の仲間と一緒に乗っているとも考えられます。
その時々を共にする運命共同体としてのイカダという感じです。
こんなイメージ。
つまり、人生の川の流れというものは
生まれた環境や側にいる人によって
それぞれの流れは違ってくるのではないかと思います。
で、話を元に戻しますと
こうした川下りのイメージで人生の流れを考えるとき
変わることが簡単ではない人にとってのこれまでの人生は…
あまりに川の流れが激しかったり
ときにイカダが転覆して川に放り出されたり
あるいは、誰かにイカダから突き落とされる
ということもあったかもしれません。
さらに人によっては
川に落ちても誰も引き上げてくれる人がいなかったり
もともと自分ひとりだけの力で進まなくてはならない状況だったり
つまり、あらゆる理由で
何度も溺れかけては這い上がり
それでもまた溺れてしまったり
本当に死ぬ思いで、命がけで
恐怖や不安、ときに絶望などを経験することの多い
そんな人生の流れを渡ってこられた方が多いのではないかと思います。
そしてなんとか
いまこの場所、この自分が最高で幸せで満足だ!
ということではないけれど、
いつ急流に吞み込まれるか
いつまた川に突き落とされて溺れるのか
そういった今までに比べたら
まだ安全な場所
なんとか掴んでいるこの場所で
いまの自分を保たれているのではないかと思います。
ですから、いま選択している環境(場所)や
自分の性格
人との付き合い方
ひょっとするとどれも
なんとか溺れる被害を最小限に食い止めようとするために
いまの自分になる必要があったのかもしれません。
あなたが今の自分になりたくてなったんだとか
好きでそうなっているんだとか
そういった次元の話ではなく、
激動の大きな流れの中で
急流の人生をなんとか生き延びるために
良い悪いではなくて
必要があっていまのご自分を形成されてきたのではないか
そんな風に思うのです。
そして、そんな激動の人生を生きてきた人にとって
変わる!ということは
急流の中でやっと掴んだこの安定の場を離れるということになります。
さらには、
またあの辛かった川の流れに身を投げることを意味します。
もちろん幸せや平穏を求めてのことなので
もっと幸せで平穏な場にたどり着けることもあると思います。
けれど、
今までの流れが苦しければ苦しいほど
大変だった経験が多ければ多いほど
「またあの苦しい流れに呑まれるかもしれない」
「怖い」
そういった気持ちが湧いてきやすくなります。
それだけ大変な思いをされてきたのですから当然です。
こう考えると本当に自然な気持ちですよね。
だから、
変われないあなたの考え方が悪いとか
こころが弱いとかそういったことではないんです。
それだけ大変な経験をされてきたんだということです。
きっとそれはご自身が一番よく分かっていることでしょう。
ただ、そういうことを知らない他人からみれば、
「小さくまとまってチャレンジもしないやつ」
「勇気のないやつ」
「辛いとか愚痴ばっかで変わろうとしないやつ」
なんて映ったりすることもあるかもしれません。
「勇気を出して踏み出したらいいのよー」
なんて言う人もいるでしょう。
でもね
それはきっと
その人にとっての人生の流れは比較的穏やかで
多少の波はあれど、その都度適切な助けが入ったり
絶望とか、本当の恐怖とは無縁である
そういった流れの人生だったから、そう言えるのかなと思います。
ですからまあ、それはそれで悪気はないのだと思います。
大分長くなってしまったのですが、うまく伝わったでしょうか。
ご自身を振り返ってみられて、
「ああー大変だったなあ。もうしばらくいまの自分でゆっくりしよう」
そう思われたならば、ゆっくりされればよいと思います。
無理に変わる必要なんてありません。
「でも怖いけどこのままの自分では苦しいし未来がないから…」
そう思われるなら、それも一つの答えです。
でも決して今までと同じような結果は招かないことを知っていて下さい。
だってそれだけの苦しい経験をされてきたのだから、
魂が成長しているに決まっています。
魂が成長しているということは、
その分、良い流れが待っているに決まっています。
えへへ。
だからどっちでもいいんですよ。
ご自身の内側から出る声、答えに従ってください。
それでは大変長くなりましたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。
今日も共に生きましょう。






