1万人のマラソンストーリー ~vol.2~ | より速く、より強く、そして・・・より美しく!

より速く、より強く、そして・・・より美しく!

速いランナーになる為に必要なこと
強いランナーになる為に必要なこと
美しいランナーになる為に必要なこと

~すべては、ここから始まります~

これは、マラソンにチャレンジするランナーさん達の物語です。


<vol.2> ある女性タレントの挑戦 ~初めての練習~

朝5時35分。マネージャーの慶クンから電話が掛かってきた。

「葵さん、起きてますか?準備は済ませましたか」

う~ん、まだだけど・・・

「5分前にはマンションの下に行きます」

はいはい。5分前ね。

「メイクは軽めでいいです。今日は顔合わせですから」

いつも軽めですけど・・・

「朝食は用意しましたから、身一つで構いません」

おー、やるじゃん。気がきく―。

「では、後ほど。よろしくおねがいします」

おいおい、相変わらずのビジネストークだなぁ。

私の担当マネージャーである一之瀬慶介クン。

小栗旬似で今風のイケメンくんである。

しかし、そのルックスが無駄と思えるほど女性には興味がなく

仕事柄沢山の「キレイどころ」に会う機会があるにもかかわらず

仕事一筋のマジメくんである。

私の担当になってから、もう2年になるが、彼女らしき存在の

臭いすらしない。コイツ、もしかしたら、アッチかも・・・

いや、マザコンかなぁ、それとも、女性恐怖症とか・・・

その割には、女の私の世話役もそつなくこなしているし・・・

殆ど毎日会って、殆どの時間一緒にいるけど、

まだまだ知らないことが多い、謎めいた男である。

10分で軽めのメイクをして、昨日貰ったスポーツウェアに着替える。

私は、起きるまでが大変で、寝坊も良くするけど、起きてからは超速い。

これは、私の特技でもある。

それを知っている慶クンは、

「とりあえず起こす」作戦を熟知している。

今日も、その作戦は、バッチリだった。


冷蔵庫に冷やしておいたスポーツドリンクを持って、いざ出陣!

エレベータの鏡で自分の姿を見てみると、そこには、

いかにも「アラサーの私」がいる。

くるりと回って全身を見てみると、ワンサイズ大き目の

スポーツウェアにして良かったと安堵した。

よし、マラソンだか何だか分からないけど、兎に角、

いっぱい運動すれば、脂肪は燃えるはず。

だから、まずは、このお尻を、一回り小さくしよう。

走って汗かけば、きっとお尻は小さくなる。

いや、なって貰わねば困る。よし、やってやるぞ。

これが私のモチベーションアップ法だ。

お仕事ではあるけど、女を磨くチャンスでもある。

この際、20代のスタイルを取り戻してやる。

お尻だって、矯正下着なんて使わなくても上げてみせる。

ある意味、野心にも似た感情が沸々とこみ上げてきた。

マンションの玄関を出ると、迎えの車が止まっていた。

先月買い換えたばかりの黒のアルファード。

大物政治家から進められて社長が決めたらしい。

あれこれ装備を付けているので、見た目は走り屋の車だ。

事務所の方針で大事な仕事の時だけ、この車を使わせる。

つまり今日の仕事は、大事な仕事の部類に入っている訳だ。

なるほど、そういう訳じゃあ、尚更頑張らないと・・・

そう思いながら、車に向かって歩いていく。

迎えの車から降りて待っていた慶クンが、私の顔を見るなり

「珍しく、早朝から、やる気満々な顔ですね」

「なんか、魂胆がある表情ですよ、それ」

「あれ?トレーナーがイケメンって教えましたっけ?」

コイツ、なんも分かってねーなー。

私のやる気は、オトコのことだけじゃないっつーの。

でも、イケメンにこしたことはないけど・・・

車に乗り込むと、慶クンは、これから半年間お世話になる

トレーナーのプロフィールシートを見せてくれた。

確かにイケメンじゃん。ラッキー!

「この人、オリンピック選手なんかも指導していて」

「野球、サッカー、フィギュアとかの選手も教えているそうです」

「何でも、沢山走らせずに、マラソンを完走させるプロだとか」

「今回の依頼をした時も、向こうから出された条件が」

「『走り慣れていないタレント』だったそうですから」

「やっぱり、葵さんがピッタリだと、なったんです」

なるほど、なるほど。確かにうちの事務所に所属している女の子は、

趣味で走っていたり、既に他の企画ものでマラソン走ってるから

走り慣れていないのは、私くらいだったってことね。

沢山走らずに走れるようになるんなら好都合じゃない。

いくら企画だからって、撮影の度に沢山走らされて

脚を痛めている若いアイドルの子もいるし、

逆に脚が太くなったなんて言って怒っている女子アナだっている。

私は、お尻を小さくしたいだけなんだから、

脚を痛めてまで走りたくないし、太い脚になるのも勘弁だわ。

「そうそう、葵さん、最近、血液検査ってしたことありますか?」

「そのトレーナーさんは、血液の状態を見て体調管理するそうで」

「今まで検査した結果があれば、教えて欲しいって言ってたから」

ちょうど、3ヶ月前のテレビ出演時に番組内で検査したことがあって、

その時の結果シートを、たまたま手帳の中に入れていたのを思い出した。

あるわよ、ほら、ここに。

「さすが、葵さん、今持ってるなんて」

「昨日、伝え忘れていて、今朝思い出したので、良かったです」

「じゃあ、そのご褒美に朝食です。ここに置きますね」

「今、軽く食べるなら食べてください」

「残りは、練習が終わったら食べましょう」

私が大好きな万世のカツサンド。これ美味しんだよねー。

あなたのミスを私が埋めたんだから、2個頂戴ね。

さっきまでお尻を小さくすると張り切っていたのはどこへやら、

食べ物には目が無いわたし。

「あと、30分くらいで着きます」

「今日は、顔合わせの後、簡単に体力診断するそうです」

「走り方のチェックもするそうですよ」

「走り方を見てから、今日の練習内容を決めると言っていました」

「今日は、午後に女性誌の取材が入っていますが」

「それまでは、空いているので、練習する時間はたっぷりあります」

「最初だから、ちゃんと練習して、走り方を見て貰いましょう」

おいおい、勝手にきめんなよ。私にも予定があるんだけど・・・

どんな練習をして、どんなアドバイスを貰えるか想像もつかないけど

きっと苦しいに決まっている。苦しい顔になるとシワがよるじゃない。

だから、お昼から午後の取材までの間に、フェイシャルエステに行って

5歳若返りコースを受ける予定だったのよ。

こう見えてもちゃんと計画しているんだから。

万世のカツサンドをほおばりながら、これから行うマラソン練習よりも

その後のエステのことを考える、アラサータレント山上葵なのでした。

(つづく)