組織にいると、簡単だと思うことが、勉強。



次の目標がはっきりしているので、

自分が今後どのように成長をしていったらいいかということが、簡単にわかる。


組織に目標がなければ、逆に、きっと、群れを成している意味がないし。





ただ、そこで、考えるのが、

では、たしかにそれは、自分にとって本当に有意義なのか否か。と、いうこと。



ここにいて、作られている指標は、

言ってみるならばしょせん、ここだけのもの。

この文化、この時代、この、ここ、だからこそ、生まれてきて、成り立っているかのように見えているだけの、

「われわれ言葉」的な要素も多分に含んだものであるわけで。


仮に、それが、そこまでぶれたものでなかったとして。

ま、ま、そういうの、いいじゃん、と言えるものだとして。



だとして、そうだからと言って。


じゃあ、私の人生に、私という人間そのものにとって、

その指標がほんとうに自分の向かいたい方向にあっているのか、

どれほど有意義になるものなのかという問いには、また、別の話になるわけで。



じゃあそもそも、

「自分の向かいたい方向」とやらは、いったいなんですか?と、なってきたときに、

その答えがスムーズに出るのかどうかがまた、問題だ。


要するに、問題だらけで、別の話だらけなわけなんだけれども。




けれども。


考える。


わたしはたぶん、ここにいても、あと、2~3年かもしれんな、と。

映画を観終わった後って、問題。


私は、ただ、ひたりたい。



そこを、執拗に、どこがよかった?とか、どうおもった????なんて、質問責めにされるときっと、こまってしまう。 




ただただ、純粋に、素直に、体に取り込むようにして、

すべてを味わっているから、

観終わってすぐの、喫茶店で、矢継ぎ早に質問された時のことを思い出したけど、

やっぱりあれば、苦い。


きちんと答えないといけないんだろうなっていうプレッシャーも、苦い。


苦いなぁ~~~~~。




頭で恋愛をしないといけない人とは、私は一緒にいられないだろうなって、

単純なことを、思います。そうして。



そして、ただ、純粋に、心で受け止めながら観ていられる映画に出会うことは、

素敵なことだと思う。



私も、10年と少し前の感覚を思い出して、

きゅんと切なくなった、

そんな気がした。


いくら、今日の予定がなくなったからといって、

一日中、仕事をしてしまうなんて、ほんとに、バカだと思う。



でも、やらなきゃいけないと、思ってしまうんだ。


いや、やらなきゃいけないよね。

だって。



もう、夕方からは、確実にストレスで、胃が痛くて、はきそうなくらいで。



でも、しゃかしゃか、しゃかしゃかと、来週の準備。

来週、旅立つ準備だけで、まる一日かかるほどのことで。




こんなことをしていると、ふっと、すこしだけど、

うらみがましい気分になってしまうから、

それくらいだったら、ここまでやんないほうが、

いいと思う。


どうして、私が頑張って、数字をあげて、

その分予算が上乗せされて、

営業所の中で、いつの間にか一番高い構成比になっていて。


他の営業所だったら、ここまで剥離が起きていないのに。


ここは、少し、ひどすぎる。



また、100やろうと思ったら、こうやって、休みをつぶしてまでやらないと、

すすまない。


でも、だれも、そんなこと、しったこっちゃないんだよね。




だ・か・ら。

やるな、そこまで。



でも、でも、でも。って。

おもちゃって。



結局、今、私は何のために仕事をしているのって。

相手のためなのかもしれない。

こうやって、信じてくれる人のために。

少しでも早く、少しでもちゃんと、

なんとかしなくっちゃって。



うん。そうだよね。ここまでちゃんとやれたら、

そのあと少し、のんびりさせて、もらおうじゃん。