ARNOLDの韓国建築体験 -4ページ目

ARNOLDの韓国建築体験

韓国建築家とともにする韓国建築体験
韓国に対する間接, 直接的な体験の機会

誰がお上手なことですか?


ARNOLDの韓国建築体験

出処 : makoto yokomizo - GSH

.....................................................???

いつも他のものとの関係を悩みます.

関係はどこでも存在します.

建築をする時にも既存の建物このあれば

その建物と ,

なければないその状況と,

その場所の空気, 風, 日差しまでも....

関係には多くの方法があります.

その中で一番一般的な単語は '調和'

そのすべての関係を整理するには一番合理的な方法だったろう...

それでも調和だけが正しいと言うことはできません.

またどれが正しいことなのかに対して

誰が判断するか..

すべてのものが調和だったら世の中があまり退屈ではないか ?

何を食べたの


ARNOLDの韓国建築体験

その大きな口で何を食べてそれほど知らん振りをしているのか...

小さな隙間に見付かるか降り注ぐか言葉も言えなくて...

多くの事情を選り分けてくれるため, 保護するためにものは言わないことにしたようだ.

2012 韓国の建築家とともにする建築体験


自由旅行だけでは分かりにくい韓国の文化について 現, 韓国の建築家の説明を聞きながら韓国の建築文化の体験ができる機会
チープな費用で 専門家とともにする建築文化体験
専門家でもなくても文化芸術に対する幅を広げることができる機会


体験案内人プロフィール

名前:문 상배 文 桑培
生年月日:1974.10.15
資格
- 韓国建築士(日本の場合、1級建築士と同一)
- 現在のMI建築士事務所代表

連絡先 : msb1015@naver.com
: 知りたい事項はメールで連絡くれれば詳らかに相談して上げます


A-TYPE 伝統建築体験

1.ソウル 5大宮 (景福宮,慶喜宮,昌徳宮,昌慶宮,徳寿宮)
2.伝統住居 (北村村)
3.伝統距離(通り) (インサドン)
4.ソウルの外地域-1 (スウォン城)
5.ソウルの外地域-2 (民俗村)
6.ソウルの外地域-3 (仏国寺)


B-TYPE 現代建築体験

1.江南駅一帯
2.鴨鴎亭一帯
3.鐘路一帯
4.汝矣島一帯
5.弘益大一帯
6.ソウルの外地域 (ヘイ里村)


C-TYPE オーダーメード型体験

1.韓国について分かりたい文化, 場所等要求事項に合わせた オーダーメード型体験

景福宮-2 (慶会楼)


ARNOLDの韓国建築体験

雄大壮厳ながらも美しい建築美学の絶頂


慶会楼は王が臣下たちと規模の大きい宴会を開いたり、外国使臣を応待していた所だ。

池で舟遊びを楽しんで慶会楼に上がり、仁王山と宮廷の景観を鑑賞した。

創建当時、小さな楼閣だった慶会楼は1412年(太宗12年)に池を大きく確張して楼閣も大きな規模に再建した。

文禄の役で焼失したのを1867年に再建した。

慶会楼は正面7間、側面5間の重層で、広さ931㎡の大規模の木造建物だ。

1階は48の高い石柱だけを立て、2階に床を敷いて宴会場として利用した。

床底は3段のうち中心部分が最も高くて、その次の12間と外側の20間はそれ一指尺ぐらい低くなっている。

中央に行くほど高い位階の官僚たちが座った。

慶会楼は周易の原理に基づいて建てたという昔の記録がある。

これによると、中央の3間は天地人を、12間は1年十二ヶ月を、20間外側にある24個の柱は24節気を意味する。

すみむね(隅棟)には韓国の建物の中で最も多い11個の雑像(屋根の上の四隅にさまざまな神像を刻み入れた装飾瓦)がある。

再建当時に青銅で作った二つの竜の像を池に入れて、水と火を治めるようにしたという。

1997年浚渫工事の際出土され国立古宮博物館に展示している。

景福宮-1


ARNOLDの韓国建築体験

漢陽の中心だった朝鮮王朝第一の法宮



北には北岳山が、南には正門である光化門があり、その前に広い六曹通り(今の世宗路)が開かれた漢陽(ソウ
ル)の中心だった。

後に拡張と再建を繰り返えす中、1592年の文禄の役の際、全焼してしまった。

その後、景福宮は約270年間復旧されることなく放置されていたが、1867年に高宗(26
代目の王)の実父(興宣大院君)の主導で再建された。

再建された景福宮には、約500棟の建物があった。

宮廷には基本的に王と役人たちが政務を担当する外殿、王族と宮人たちが生活する内殿、休息のための庭園施設などがあった。