妻が2回目の脳出血を起こしてから1年が経ちました。

妻の職場から倒れたとの連絡があり、最初は何が起こった分かりませんでした。

救急隊の方から連絡があり、脳卒中だろうとの事で近くの救急病院に行ったのですが、

そこでは対応ができなかったみたいで、大学病院に搬送されました。

私が着いた頃には、意識もなく裸にされて上に布を被されて検査の為に病院の廊下を行ったり来たりしていました。

そこから、お医者さんに呼ばれて手術の同意書、輸血の同意書などいろいろな書類にサインを

しました。

手術は3時間位で、3日間は集中治療室で人工呼吸器に繋がれていました。

2週間後に初めて言葉を発した妻は私の事より猫のことを心配していました。

それから転院し、最後にはリハビリ病院で5か月間、リハビリ病院退院後の3日後に、

3回目の脳出血を起こして5日後には帰らぬ人となりました。

いまだに入院していたリハビリ病院に行けば、会える気がしてたまりません。

年末は自宅で二人で過ごせると思っていたのですが、もう叶わぬ夢です。

年末年始の予定は何もなく、妻の遺影と猫と過ごすつもりです。

考えただけで寂しくなりますが、妻を忍んで年末年始を過ごすしかないのかなって思っています。

こんな寂しい年末年始になるとは思ってもみませんでした。

帰ってこないかな。

 

 

今日喪中はがきを印刷して、夕方にはポストに入れるつもりです。

やっぱり、寂しいですね。

でも、少しずつ前向きになれれば良いかと思っています。

忘れられないけど、妻に安心して欲しいから、前に向かって行こうと思います。

 

生きる意味についてというより、生きる意味があるのか考えてしまいます。

妻が亡くなってから、普段の生活や仕事に張り合いがなくなり、朝起きて、仕事して、夜家に帰って寝るを繰り返しています。

でも、大まかに書くと妻がいた頃も平日は同じでした。

ただ、妻が家にいてくれたり、ご飯を作ってくれたり、たまに外食したりしていました。

今は外食と言ってもたまに友人と飲みに行くくらいで、あとは1人で外食しています。

1人で外食していると一人で食べている人にどんな事情があるのか気になってしまいますし、

夫婦で来ている方を見ていると、うらやましさや嫉妬が湧いてきます。

妻と一緒に来ていたな-って思い出すこともありますし、一人になってしまったんだなって実感が湧いてきて何とも言えない寂しさが湧いてきます。

誰かを恨んでもしょうがないし、恨む人も居ないし、毎日同じ生活をしています。

モチベーションが全然ありません。

そういえば、仏壇の花が枯れてきているので、今日は花でも買って帰ろうと思います。

それぐらいかな、やらなきゃいけないと思うのは。

それでも妻の供養や猫の為にも生きなきゃいけないですよね。

 

 

妻が亡くなってからやる気も起きずに日々最小限の力で生きてきましたが、

やっと今日、遅くなったのですが喪中はがきの印刷を依頼してきました。

喪中はがきが届く中で、残された者のおつとめだと思って出すことにしました。

いまだに妻の死を受け止められないですが、奇跡が起こっても、妻は戻ってこないことを実感しています。

残された者はいろいろとやる事があって辛いですが、妻の為になるならばやってあげたいと

思う気持ちはたくさんあります。

葬儀はコロナの関係でささやかにとおもったのですが、妻には友達がいっぱいいたので、

普通通りに葬儀をして、妻の友達がいっぱい来てくれました。

まだ連絡していない方もいるので、喪中はがきを見て驚かれる方もいると思います。

少しずつ妻の死を受け止めるしかないのか、それも寂しい気もしますが・・・

天国で見守ってくれているといいんですが。

 

1年前の勤労感謝の日は妻と一緒に妻の好物を食べに行ったことを思い出します。

まさか、1年でこんなに変わってしまうなんて思ってもみなかったです。

食事に行ってから3週間経たずに倒れてしまい、それから6か月半病院を3か所転院し、無我夢中で看病し、リハビリも5か月したのですが、努力も水の泡となってしまい、天国に旅立ってしまいました。

この1年は何だったんだろうとつくづく思います。

365日って数字だと短く感じますが、いろいろと変わってしまうですね。

本当に怖くなります。

 

今日は雨が降っています。

雨が降ると妻が亡くなった日のことを思い出します。

妻の涙なのかなって思ってしまいますし、妻は星が好きだったので星が見えないので、

妻に会えない気持ちになってしまい、寂しくなります。

空の上にいて見守ってくれていても、雲で見えなくなってしまっているのかな。

コメントでいただいたのですが、雨は心を洗い流してくれる気もしますので、

嫌な事だけでもない気もしてきました。

今は季節的に虹は出ないですが、前に書いた通り、ハワイのことわざで、

Norain、Norainbow ってどこかで読んだ事があります。

今は何も見えないですが、いつか妻が私の心に虹をかけてくれると思います。

なので、雨も悪くないかな。

 

 

ここ2、3日は仕事が忙しく気が紛れるのですが、気が少し抜ける瞬間にどうしても孤独感が襲ってきます。

なにをするにも、結局はひとりなんですよね。

買い物をする時などで夫婦を見ると、みんなには伴侶が居て、私だけひとり、みたいな感じで見ないようにするのと、そそくさと帰ってきてしまいます。

昨日ニュースで見たんですが、ガン細胞を死滅させる薬が近々販売開始されるそうです。

私の妻はガンでは無かったので、関係無いですが、将来的に脳出血にも効く治療方法や薬が出るのかと思います。

妻ももう少し長生きできていれば、脳出血の有効な治療方法が出てきたのかもしれません。

またそんな非現実的な事を考えて、寂しくなったりしています。

 

 

倒れる寸前の事を思い出しました。

倒れる寸前までは、リハビリの話をしていたのに、急に吐いてしまい、救急車を呼ぼうと問いかけたところ、首を横に振っていました。

これが妻との最後の会話というか、意思確認でした。

すぐに倒れてしまい、これが3回目の脳出血でした、それから5日間は意識なくそのまま亡くなってしまいました。

やっぱり、2回脳出血をしていたので、退院した時に性格が少し変わってしまったかな。

でも生きていて欲しかったです。

もっと介護して少しでも良くなれば本当に良かったと思います。

1回目の脳出血はそれほど出血量も多くなく、1日の入院で退院できたんですが、

その時にもっとお医者さんに連れて行けばよかっと後悔しています。

今は後悔しても帰らない事は少し受け止めているようにしていますが、

やっぱり毎日、後悔しています。

両親とも脳関係で亡くなったのに、もっと気にしてあげればよかったです。

 

今日は朝早く目覚めると、いきなりフラッシュバックが起きました。

数ヶ月前までは、心のコントロールが出来なくなり、朝からお酒を飲んだり、

薬を飲んだりしていましたが、自分でも知らないうちに対処方法というか、

気持ちを落ち着かせることが出来るようになり、

お酒にも薬にも頼らなくて済むようになりました。

対処方法と言っても、仏壇に向かって「あの時はすまなかったね」とか

自分に「妻は死んだんだ」「帰って来ないんだ」と言い聞かせています。

心のコントロールが効かなかった時は、どうしていいかわからなく、

部屋を意味なくウロウロしたり、手が震えて、足がしびれていましたが、

あれは何だったんだろうか、やはりストレスから来ていたのか、それともお酒の飲みすぎだったんだろうか、今もお酒は飲みますが、晩酌程度になりましたし、薬もケミカル系は最初から合わずに一切止めました、今は漢方を頓服で飲んで、徐々に飲む回数も減っています。

人間は不思議なもので何もやっていないこの生活の中でも、対処方法を知らず知らずのうちに学習しているんだろうか。

そうやって妻の居ない生活に慣れていくと、妻がさらに遠くに行ってしまいそうですが、

どこかで見守ってくれていることを願って、今日もどうにか生きて行こうと思います。

 

 

 

 

妻が亡くっなってから4ヶ月半経ちました。

もう帰って来ないことは受け止めるしかないみたいです。

どんなに泣いても、遺影に話しかけても妻が家に帰ってくることは無いです。

骨まで拾ったのに現実が受け止められずにいます。

遺品整理もしてないですし、携帯電話さえ解約に躊躇しています。

脳出血の名医を見つていれば、寿命が延びたかと思い、名医をネット検索してみると、

妻が亡くなった病院が出てきて、「どこか゛?」と思ってしまいました。

もう、あの病院には行きたくないですし、建物すら見るのもいやになっています。

やっぱり人間は生まれた時から、寿命を与えられているのでしょうか。

そうだったら、あまりにも短い人生で、さらに持病で人より思い存分楽しめなかった人生だと思います。

妻か可哀そうでたまりません。

人間は生まれた時から不公平なんですね。

もっと長生きして一緒に人生を歩みたかったです。

もう帰ってこれないけど、私の心の中で生きているよ。

また、会うのを楽しみにしているから、そっちに行ったら、必ず見つけてね。