空から無数の柔らかな銀の糸が降りてくるような、静かな雨が窓の外の世界をやさしく包んでいた。

 夢のように静まり返っていて、まるで世界からこの辺り一帯だけ切り取られてしまったようだ。普段なら、通りを行き交う車や人々の気配が絶えず聞こえてくる時刻だというのに、夕刻からの雨で、早く帰路に着いた人が多かったのか。

 さっきまで確かに、この部屋の通りに面した窓の下方から昇ってくる、お馴染みの雑音をBGMに原稿を書いていたはずなのに。

 私は、床のあちこちに積んである本の山の上か、テーブルっぽい場所(いつも乱雑に何かが置いてあって、たぶん一度もクリアになったことがないので、テーブルと呼んでいいのか分からない場所)のどこかにあるかも知れない、煙草の箱を探した。部屋は片付いているとは到底言えないが、汚いと罵倒されるほど酷くはないと自認している。だから、探し物に時間がかかるはずはない。こんな狭い部屋の中で、見つけないでいるほうが不可能だ。理論上は。さして広くもない部屋の中で物を失くす人もいるが、そういう人が失くしているのはモノではなく、探す気力の方だ…などと知った風なことを言いつつ、見つからないときは見つからないというのも事実で、不思議なものだなと思ったりする。

 我ながら、ただの言い訳にこんなに文字数を使う必要があるだろうかと自問する。そして、頭の中で考えているだけの言葉に「文字数」を意識した自分に呆れる。これもモノ書きの性なのかもしれない。

 

 すぐに煙草は見つかった。が、ライターがない。

仕方なくキッチンのガスコンロで火をつける。前髪を片手で抑え、眉毛や、そう長くもない睫毛も焦がさないように、先にコンロに点火して弱火にし、なるべくフィルターの端っこギリギリをくわえて、膝を曲げてかがんだ姿勢で、なぜか首を横に傾け(そうすれば大丈夫な保証はどこにもない)、恐る恐る顔を近づける。誰かが見たら、きっと、親に内緒ではじめてマッチを擦る子どもと同じくらい怯えているように見えるに違いない。そんな自分の姿を想像して、無様すぎて思わず緩んだ唇から煙草を落としそうになる。

 無様な点火式を無事に終え、私は再び原稿に取り掛かろうとデスクに向かった。


 …あまりにも静かだ。

 デスクから灰皿を取り上げ最初の灰を落とすと、なんとなく、灰皿を持ったまま窓に近づく。

 初めてこの部屋で原稿を書いた日のことで唯一確かに記憶しているのは、あまりにもうるさくて、まったく集中できなかったこと。気を紛らわせるために音楽をかけたり、仕切り直しのために飲みたくもないコーヒーを淹れてみたり、吸わずに灰になるだけの煙草に火をつけたり、カップを洗ってみたり、掃除してみたり。色々試したけれど、結局は夜中まで絶えず雑音が入ってくるのが気になって、初日は一行も書けずに終わった。

 ふと、そんな記憶がよぎって苦笑いする。

 いつからそんな状況が「馴染みの環境」になったっけ。

 それが今、かつてこの部屋で感じたことのない静寂の中にあった。

 雨が作る細い線が、建物の外壁や窓、非常用の外階段に触れる僅かな音。樋を伝う水の流れ。どこかで落ち続ける雫が作る複数のリズム。それらは規則的なようでいて、突然不規則なリズムや不協和音を差し込んで変化を生む。それもまた全体の中では秩序を保っていて、心地良い。

 窓の外に目を向ける。

 深い紺色に沈んだアパート群。いくつかの窓にオレンジ色の明かりが灯っているけれど、ほとんどは周囲の紺色に溶け込んでいる。通りには誰もいない。いつもなら酔っ払いにぶつかられ、大声で文句を言われたり、謝られたり、抱きつかれたりしている街灯が、今はただ頼りなく足元を照らしていた。まるで「規定外の仕事」から解放され、思いがけず出来た空き時間を持て余しているみたいだ。そばにできた水溜りに映る自分を見つめ、これまでの街灯人生、これからの身の振り方について思案でもしているかのように。

 

 私は、はっと我に返った。

 右手の人差し指と中指に挟んだ煙草が、元の形をキープしたまま半分灰になっている。崩さないようにそっと灰皿を下にあてがい、皿の中に棒状の灰を落とし、火を揉み消した。大体いつもこんな感じで、考え事をしている間に煙草は灰になる。火をつけるための最初のひと吸いだけで、あとは灰。なんとも合理性に欠けている。しかもうっかり火事を出しかねない。経済的な意味でも、健康の面からも、やめるのを躊躇う理由などどこにもない。

 それに、私は指に付く匂いが大嫌いだった。

原稿を書いているときも、ただ思索しているときも、私には、あごから唇にかけての範囲を右手で掴むような恰好をする癖があって、これをする度に鼻の至近距離から直撃する煙草のヤニの匂いをかなり不快だと思っていた。レモンかグレープフルーツの香りでもすれば気分がリフレッシュされて、良いアイデアでも浮かびそうなものなのに。

 だけど、この不快感に晒されることによって生まれてくる文章には、雑多な雰囲気が漂って、それを私は悪くないと思う。

 煙とアルコールと音楽。氷が揺れる。グラスが床に落ちて割れる音。混み合った店内で人々が会話する声が幾重にも重なり、ざわめきになる。通りを絶え間なく行き交う車。色んなタイプの靴音。背の高い建物でひしめき合った上空で、行き場を無くして渦巻く、出所不明のノイズ。頭が痛くなるほど不愉快で、バカバカしいほど楽しくて、刺激的で、浅はかさと無駄なシリアス感が複雑に絡み合っていて、ロマンスが簡単に生まれたり壊れたりする、この街のような。

 こうして言葉にしてみると、ほとんど病的だなと思うけれど。

 そういう病的な空気感を、どこかセンチメンタルに恋しく思ってしまう私でも、繊細に雨音に耳を傾けたりする心も残っているということは、まだ大丈夫なんじゃないかな?などとワケの分からない安心感に逃避してみる。

 

 いつか、大自然に囲まれた、ヘルシー感溢れる文章を書きたくなったら、その時はすっぱりと煙草をやめて、レモンを絞った後の指で書くことにしよう。

 私は灰皿をキッチンのシンクに置き、適当に手を洗って、締め切り間際の原稿が待つデスクに向かった。

 

 

 

Fin.


《おまけ》

今回は、ショートショートとも呼べないほど短い、何のオチもない、ワンシーンを切り取ったような文章を書きました。登場する人物は、わざと性別や年齢を特定しないようにしました。読んでくださるあなたの、お好きな人物を当てはめて楽しんで頂ければ幸いです。あくまで架空の人物ですので、私のことを「こういう人なのかなぁ〜?」と思われると、すこし困ってしまうので、その点だけご理解頂ければ嬉しいです☺︎

《タバコについて》

タバコに関する描写が細かいことから、私が喫煙経験者であることは想像に難くないと思います。私自身はもう随分前にやめて、以降は寧ろ嫌いになりました。文章中では喫煙を肯定的に捉える表現と、否定的に捉える表現の両方が出てきますが、あくまでも文章内での一つの表現方法の域を出るものではありません。

また、喫煙しているという理由で他者を避難したり、否定したいということはありません。経験は経験、それ以上でもそれ以下でもないと思っております。喫煙者も非喫煙者も、お互いを思いやり、尊重することに意味があると思います☺︎

特に何のオチもない長文を最後まで読んでくださり、ありがとうございました♡