昨日を見ていた。
遠い空の彼方から、私の瞳は、そんな私を見下ろしている。
彼が海の向こうで手を振っていても、
私だけは気づかない。
他のみんなは彼に夢中になっているのに。
私は昨日を見ている。
空の上の上の上のほうで見下ろしている私の瞳は、
波のように青い小さな光の粒を集めた、揺らめく炎で出来ていて、
横たわる私と目が合った夜、私はその人と出会った。
青く輝く光の粒は、まるで蛍の光のようでいて、
それは同時に、妖しく舞い踊る炎であり、
一瞬の瞬きと共に跡形もなく消え、
そこに、青く透き通るその人がいた。
消え入りそうなその姿は、すぐに生きた肉体に変化したけれど、
それでもなお儚く、今にも消えてしまいそうだと思った。
「あなたは誰?」と聞いてみたけれど、
彼は何も言えず、黙って私を見据えていた。
私の顔の左右に置かれた彼の腕を下から上へと辿り、肩を回って、
私の両手は彼の背に触れた。
彼はただじっと動かずに私を見つめ、ただ何度か「ごめん」と繰り返した。
私の手は彼の背中に一対の突起のようなものを見つけた。
それは手のひら程の大きさの、固く凝縮されたゴムの板のような感触だった。
私は彼に訊いた。「あなたは天使?それとも悪魔?」
彼は俯き、「俺は・・・悪魔だ」と言った。
だけど私には分かったんだ。彼は噓をついていると。
彼の声には自分を罰する響きが滲んでいた。
そして彼は私にキスをした。
私はただ受け入れた。
彼が何者なのか、私には分からないけれど。
彼が発する体温の下で、私は彼が、本当は泣いているのだと思った。
この人は・・・。
空の上で見下ろしていた、私の瞳そのものなのかもしれないな。
堕ちてきたんだね。
きっとこれが最初で最後。
その覚悟で、翼を捨てた。
私は、彼の体から立ち昇る、祈りに似た旋律と音もなく流れ続ける涙で出来た
二本の川が絡まり落ちる螺旋の中に引き込まれながら、
もしもこの人が罰せられるのならば、
この人が差し出した代償に見合うだけの対価を私が捧げたいと思った。
あの日以来私は、自分がどこにいるのか分からなくなった。
見えるはずのない遠くのことも分からなくなってしまった。
きっともう、瞳は見つからない。
そして私は昨日を見るのをやめ、
この場所から離れることにした。
海の向こうで、他の誰でもなく、私を待ってくれている優しい眼差しに会いに。
Fin.
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