櫻井翔と被災地の10年
3.11の記憶
いま伝えたい3.11
東日本大震災から10年の記憶が綴られていて…
紡がれた文章に当時の記憶の情景が浮かび…
感情が深く伝わってきて胸に込み上げてくるものがありました。
東北を10年に渡り(被災者に寄り添い)取材してきた櫻井キャスター
10年伝え続けた(拡声器としての)役割において
被災地の過酷な現実に絶望し葛藤したこともあったでしょう
なぜ伝え続けるのか。''今''何を伝えるべきなのか何度も問い
被災者の声と被災地の''今''を
忘れられないその思いを
心の温度と共に
毎年、伝え続けてくれたこと
そんな強い想いを胸に取材した記憶(記録)に
櫻井翔の取材の足跡に
どれだけの人が励みになったか…
(あなたは知っていますか…)
キャスターとしての櫻井翔 自身の役割として
被災地の過酷な現実に強い覚悟を持ってあの場に立ち
信念を持って常に心に寄り添いながら真摯に取り組む姿勢が
取材してきた方達の心を開き
(支えとなり)
時が止まったまんまの心を動かせたのではないか…
読んでいてそんなふうに感じました。
また沢山の取材をみてきた中で
ZEROの取材映像を(録画ですが)見返していた中…
10年前、9年前、8年前…
その中で
(zeroの取材あれから9年)
時間が止まってしまったかのような町に
踏切の音が再び聞こえ
未来につながる光がみえたその''時''
町の人が言ってた言葉でとても印象的なのがありました。
''頑張れるのは思い描く未来があるから。''
心の復興が未来につながる光となり
復興への足音が確かに聞こえたそんな印象的な取材でした。
(櫻井翔にしか引き出せない心の言葉…櫻井翔にしか出来ない取材でした。)
その時、笑顔の未来への一歩に心の復興は欠かせないのだと強く思いました。
だからこそ 東日本大震災の特集号の寄稿という新たな(伝える)挑戦に向かうことを(まるでZERO出演を決めた時のように…)決意してくれたことは本当に良かった。。
櫻井翔の記憶(記録)の足跡の中で (印象的だった)
2012年5月28日
東日本大地震で身寄りをなくした子供たちの数241人。うち岩手県94人、宮城県126人、福島県21人(厚生労働省12年3月28日現在)。
親を亡くした子供の取材ではあるが
男の子の里親になった叔父さんの想い。
この方にとっても 亡くした大切な命。放送にはなくとも 寄り添った気持ちを記してくれて(震災で親を亡くした私も) 心が救われました。
櫻井翔が見て、感じて、
その瞳に映った世界
感じた想いを伝えてくれることが
人の心を動かし支えとなり
''だれかの励みになるなら''そんな強い想いを胸に取材した
多くの資料や記憶(記録)が
心の復興への励みとなり
笑顔の未来につながる光になるのだとNewsweek (ニューズウィーク日本版)を読んで改めて思いました。
また私自身もですが沢山の方がこの記憶の(足跡)想いにふれる時
励みになったり背中をそっと押してくれる
そんな存在であればと思います。
ニューズウィーク日本版「3.11の記憶」
櫻井翔がキャスターとして被災地に通い伝え続けてきた10年
被災地を取材し向き合い感じた事や状況を被災者の気持ちに寄り添い
自身の言葉で綴られた1万字
の書き下ろし
大切に読ませていただきました。
sakura♪
