ご無沙汰していました。

夏休みは毎日子供達と遊び、学び、新学年になり長男は5年生。次男はキンダー、義務教育がスタートしました。






ワタシには子供のいない少しの空き時間ができたので、パートタイムで時々働いたりはしているものの、フルタイムで働くことはまだせずに。なんせ、水曜日は午後1時、それ以外の曜日も午後2時にはお迎えなのでね。それに、、、いつまたオンライン授業に切り替わるのか。。






ハワイはコロナ患者で病院がひっ迫していて、先週からしばらくの間は、ワクチン2度摂取済みの証明か(ワクチンパスポート的な物)72時間以内のコロナテスト陰性証明がないと、レストランやホテル、学校などの室内施設には入れなくなりました。(スーパーは別、それにこれがどの程度厳格に守られているかは、、、もぐもぐ?)







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数日前、とってもとっても悲しい事があり、、、。

どうしてもこの気持ちを誰に気遣うことなくそのまま吐き出したいので、ここに書かせてくださいショボーンもやもやもやもやもやもやもやもや

ネガティブなブログなので、そんな気分でない方はすみません。。。








アメリカ東海岸に住む義兄が亡くなりました。

彼の経営する会社はヘリコプターを何台かもち、ヘリコプターでの観光やライド、物の運搬、パイロット育成もやっており、彼自身もパイロット、そしてパイロット育成の教官だったのですが、、、その晩はサンダーストームの中のフライトだったそうです。機体のコントロールがきかなくなり、クラッシュしたようです。






義兄の嫁から電話があり、彼の操縦するヘリコプターが他州から戻り会社に着陸する時間がとっくに過ぎたのに連絡がとれない。と。







その後嫁から会社に行ったところ、ヘリコプターの位置情報がストームで途絶えていたとの連絡が。

レスキューに連絡もしたが、ヘリコプターがどこにいるのか分からない。

義兄とも連絡がつかないし、他に乗っていたパイロット1人、乗客1人とも連絡がつかない、と。






その後、ドライブレコーダー的なものを見せてもらったところ、急上昇して、何度か乱高下を繰り返したあと、急下降している、、?と、とれるような記録が。







レスキューは悪天候のため、空からの捜索は翌朝まで休止、陸からの捜索は続いたものの、深い森林のエリアだったため、なんの発見もないまま翌朝に。






場所的に、ヘリコプターが急にぶつかるような山や谷はない。

深い森林に落ちたか、、、サンダーストームで雷に打たれたか。。

機体に何か不備が出たか、、ストームによる風や雨でヘリコプターが操縦不可になったか、、、。






それでも不幸中の幸いなのか?

火事はどこにもない。

暗い街頭のないエリア。

火事が起きていればすぐに発見されているはず。






どうか、無事でいて。






お願いお願いお願いお願いお願い







祈るように何度も何度も義兄の携帯に連絡するも、ずっと圏外。。。







大丈夫。

義兄は20年のベテランパイロット。

大丈夫、どこかで不時着して、いや〜危なかった!と、連絡が来るはず。。









お願いお願いお願いお願い










だって夫はほんの数時間前に話したばかり。

もうフライトの時間だから、またね〜と。

ほんの数時間前。







長く眠れない夜になりました。。。。








夫と祈るようにカウチで静かに座って携帯を眺めておりました。














、、、サンダーストームだって、、、?






知ってたら止めていた。






このストームのはるか西、アフリカ寄りの大西洋にあるトロピカルストームの影響によって、このストームも勢いが増していた。。。






翌朝、レスキューが空からも捜索する予定だったが、悪天候のため空からの捜索は休止したまま。。







現地時間翌日、午後12時45分。
























機体発見。



































生存者なし。
























えーんえーんえーんえーんえーん

















こんな悲しいことありますか?








義兄はたったの、、たったの、、42歳でした。

4人の子供達のお父さんでした。

下の子なんて、、、まだ歩きはじめたばかり。(亡くなった後に初めの一歩。)

上の子は、今年高校卒業でした。









コロナが落ち着いたらハワイ行きたいんだよな〜といつも言っていたえーん







来て欲しかったぐすんぐすんぐすんぐすん























まだ事故のinvestigation が終わっていなくて、遺体も戻ってきていません。







もう1人のパイロットも(訓練生だったのか、コーパイロットだったのか、パイロットだったのか、今の時点ではまだ正確にはわからない。)、乗客も、義兄も、みんな40代。みんながお父さんだったんです。






お父さんだったし、

両親の大事な御子息だったし、

ワタシの夫から見たら、唯一のbig brother だったし、

いろんな人のベストフレンドであり、、

いろんな人のキャリアを手助けしたインストラクターであり、、会社の良き上司、社長でもあった。







周りのみんなは最初はヘリコプターの会社だなんて夢物語だと思った。






夫と、両親だけは義兄を信じてずっと投資を続けた。






苦労して苦労して、今はほとんど自分は働かなくてもいいくらい会社は社員と動き出していた。ようやく少しずつラクになったよ、時間を家族のために取れるよ。といっていた。








でも、、







もう、、、いないぐすんもやもやもやもやもやもや







もう、、、会えないえーん







苦労して苦労して会社を作って、ようやくラクになってきた時だったよ。

1回目の結婚はうまくいかずに15年目で離婚。

2回目の結婚式はほんの1年前だったよ。今週が1年記念日でテスラの新車納車からの、ステイケーションするって言ってた。。







いまでも、信じられない。







笑顔が、、、、







笑い声が、、、、







すぐにワタシの頭の中でも思い浮かべられる。

本当に人懐こくて、優しくて、みんなに愛されていた。







数日おきに夫とも電話で話していたし、義母とはほぼ毎日のように話していた。

















もう、、、。








会えないぐすん


















何が起きてたの?









考えても、もう戻ってこない。








義兄のFacebookはたくさんの人から愛されていた義兄らしく、みんなが死を悼んで素敵な写真や言葉がシェアされている。。。


















ワタシは、、、

未だに何も載せられないでいる。。








だって、、

もう、会えないなんてそんなの現実とは思えないよゲホゲホゲホゲホゲホゲホゲホゲホもやもやもやもやもやもやもやもや























小さなヘリコプターは、特に雨には弱いと聞いていた。土砂降りがくると、機体が下に圧されるみたいって、言っていた。。。

コビーが死んだ時、みんな、義兄にあんたも気をつけてよ〜!と、軽口を叩いていた。











あの日はストームもあって、真っ暗な飛行の中、林に墜落した。








なんにも見えなかったのかな。。








緊急事態を知らせるsosのようなものが、発信されたのが夜の8時45分。。

そのすぐあと通信は途切れ。

発見されたのは、、、翌昼間の12時半。










もう少し発見早かったら、、、違ったのかな?

まだ、investigation の結果待ちなので詳細を知ることができず、、。

どうしてもこの事が消化できずにいる。




















義兄は飛行経験20年だった。








義兄は高校生のときからヘリコプターのパイロットになって、会社を立ち上げたいといっていた。ゆくゆくは会社を実家のあるカリブの小さな島にも作りたいと言っていた。








義兄は、、夢を叶えた。







立派に生きた。






すごく悲しいけど、、義兄の人生は本当に本当に素晴らしいもので、、”よく生きた”んだと思います。


















夫は、月曜のフライトで奥さんのヘルプに行きました。

私たちは葬儀の日程が決まり次第、行く予定です。

コロナがあり、子供たちすら空港内に入るのもワクチン証明か、72時間以内に受けたコロナ検査の陰性証明が必要です。。。






昨日、義兄が行くはずだったテスラ納車に夫が代わりに行ったそうです。

1番下の子はまだ1歳になったばかり。

コロナがあり、まだ会えていなかったのですがまさかこんな事がきっかけで会いに行くとは。。。ね。












はぁ。。。。

事故で逝かれるってことは、こんなにも突然、、周りを悲しみの渦に引き込むんだな。と。






そして、こんなにも若くして亡くなるっていうのは、、、ご両親も心中察するに余りあるえーんえーんえーん






義兄の妻も、新婚な挙句まだ30代前半、、、。

子供2人も小さいし大変だろうな。

前妻との子供達も、前妻も義兄とは良好な関係で近所に住み行き来も頻繁だった。

上の子供達もショックを隠せない。







とりあえず夫がついたので、お葬式やお墓のこと。

それに保険や会社の社員のこと、これから起こるであるであろう訴訟のこと、、。

沢山の問題をひとつひとつサポートしながら、整理していくしかないですね。






夫がやたら気丈にしており、涙ひとつ見せません。レスキュー隊に直接連絡取り合っているときも、亡くなったというニュースを聞いた時も。

その知らせをご両親に伝えたときも、親戚に知らせているときも。。。






ずっと、隣で手を握っていましたが、みんなを励ます一方で、夫自身は泣き崩れたりはしません。

『兄は立派に短い人生を生きました。誇りに思います。』と、言うばかり。






ワタシはエモーショナルにすぐなる人間なので、義兄の無念や、ご両親、小さな子供達を思うと涙が止まりません。






ご遺体が戻ったとき、、夫は壊れてしまわないかな?と、少し心配です。







夫は今までこんなに身近な人が亡くなることは無かったのです。これって、実はとても幸せなことだったんですよね。。。








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義兄が亡くなったと聞いた晩、夫と子供達と全員で同じベットで一緒に寝ました。

ずっとハグをしていたくて、ずっと、子供たちと、夫と離れたくなかった。






事故は怖い。

車も毎日乗っているしいつかは私たちにも起こり得るかもしれない。

夫のディプロイだって来年またある。






今一度、愛する家族に伝えておきたい。

大好きだよ。

いつも思っているよ。

身体に気をつけていてね。

会える時まで元気でいてね。





父に連絡した。

そして、もっと頻繁に連絡しようと思った。






もしかしたら、、、今日この時が最期かもしれないんだ。明日はワタシだって無事かなんてわからないんだ。






毎日、一生懸命に生きて、もし死んだら『よく生きた!』と言えるような人生でありたい。













暗い話でしたが聞いてくださりありがとうございました。。。思ったままをどんどん書いたので、なんか、同じこと何度も繰り返しちゃって、ブサイクな文になっちゃいましたね笑い泣きお願い失礼しました。








それでは、またバイバイ







皆様の大事な人が、今日も明日も元気でいてくれますようにお願いキラキラ
















Rest In Peace ….🙏🏻