誰もが感じてるであろう
はちくーの事はなんだかここで文字列にしちゃうと陳腐というか、違ってくるような気がするのであえて書きません。
はちくじぃーーー。・゚・(ノД`)・゚・。 うえええん
ってか
西尾維新のずるい所は過去作との整合性の矛盾を語り部が嘘ついてるとか、認識が甘かったとか、気づいていたにもかかわらず、あえて目をそらしていたとか
そーゆーごまかし方をするよねっ!
メタ発言とかね!
こういうところ見てると結構思いつきで書いてるのかなーとか思うケド
思いつきでコレだけ面白いのが書けるのだから、やっぱすごいんだよねぇ。
今回は整合性ではなく、前にあとがきで予告したバトル系の展開が全くなくて、結局まるっきりの嘘になってしまったことに関してはさすがに上記の手は使えなかった様でww
やっぱりあとがきで人間の記憶は不確かだーみたいな話でごまかしてましたがww
あ、でもちょっと本編でも混ぜてましたかw
アララギ君がオノノギちゃんとのやり取りを覚えてないとかのあたりそうかもw
コレがパラレルワールド的な複線だったりするのはちょっとヤダw
まー、村上春樹的手法といっちゃえばなんかもぉ使い古された感じもしますが。
大事なことはさらっと1~2行で伝えるみたいな?
どうだろ、違うかw
大事なことはちゃんとページ割いてたか。
何が大事かって認識の問題だけど今回は明らかに八九寺なわけだからいいのですね。
おそらく。
予告されてたバトル展開も見たかったですがね。羽川の写メ受け取ったときのアララギ君の状況と反応とか見たかったしね。
次巻で終わりということなので、きっちり描かれることはなさそうです。この辺の話入れてたらすごい分量になっちゃうでしょうしねw
少女不十分で西尾維新は小説でなくて御伽噺を書いてるんだよー
みたいな主張がありましたが、
まー、あれは柿本とかいう架空の作家の話だと言われてしまえばそれまでですが、
フィクションとは言え、たぶんその辺は作者の考えが反映されてるんではないかと思いますし。
そうなんだろうという前提で話しますがー。
ってか柿本が西尾維新の本名の姓だったりすると結構胸熱だったりします。
それはさておき、真っ赤な御伽噺?
とかいうフレーズもたしか戯言シリーズにあったかと思いますが、コレは真っ赤な嘘の嘘の部分をちょっとしゃれた言い方にしてみたものかと思われます。
いや、勝手な解釈ですがw
御伽噺=嘘なわけで、
そんなわけで西尾維新の書いたものは全部嘘だよ~ん
みたいな乱暴な3段論法は、まさか持ち出さないとは思いますがー
何が言いたいかというと、最後の扇ちゃんがなんだか結局こいつがラスボスになるのでわー
ってな感じだったあたりで
嘘を全部消してゆくイレイザー的な、まさに『くらやみ』の黒幕的発言から、
ひたすら嘘と不整合性を消していって、まるで戯言シリーズの西東天みたいに、人類最悪的にメタな最後にならないよう切に願うわけでw
まーでも今回の話ではっきりしたのは、
人間=生きている限り生き続けて変わっていくもの
怪異=存在する限り変われないもの
みたいな図式ができていて、物語の中核あたりにこんな認識があるのかなーとうかがわせます。
確かどこぞのインタビュー記事で作者自身が刀語と比較して化物語を『生き続けてていく事の物語』だとかいっていた・・・様な?記憶があります。
初めからこういうつもりで書いてるって事はやっぱり色々計画的なのかなーとも思いますねw
漫才系の会話とかはノリで書いてる感じがしますが。
なんだかあんまり感想になってない気が・・・・
さて次巻はひたぎさんが語り部だそうで、
これがまた、何かの気まぐれや都合で変わったりしなければ、アララギ君への罵詈雑言の裏っかわにあるベタベタに乙女なひたぎさんが見られるんじゃないかと今から楽しみなんですがー
どーなんでしょ。
やっぱりあのまんまなのかなー。
はちくーの事はなんだかここで文字列にしちゃうと陳腐というか、違ってくるような気がするのであえて書きません。
はちくじぃーーー。・゚・(ノД`)・゚・。 うえええん
ってか
西尾維新のずるい所は過去作との整合性の矛盾を語り部が嘘ついてるとか、認識が甘かったとか、気づいていたにもかかわらず、あえて目をそらしていたとか
そーゆーごまかし方をするよねっ!
メタ発言とかね!
こういうところ見てると結構思いつきで書いてるのかなーとか思うケド
思いつきでコレだけ面白いのが書けるのだから、やっぱすごいんだよねぇ。
今回は整合性ではなく、前にあとがきで予告したバトル系の展開が全くなくて、結局まるっきりの嘘になってしまったことに関してはさすがに上記の手は使えなかった様でww
やっぱりあとがきで人間の記憶は不確かだーみたいな話でごまかしてましたがww
あ、でもちょっと本編でも混ぜてましたかw
アララギ君がオノノギちゃんとのやり取りを覚えてないとかのあたりそうかもw
コレがパラレルワールド的な複線だったりするのはちょっとヤダw
まー、村上春樹的手法といっちゃえばなんかもぉ使い古された感じもしますが。
大事なことはさらっと1~2行で伝えるみたいな?
どうだろ、違うかw
大事なことはちゃんとページ割いてたか。
何が大事かって認識の問題だけど今回は明らかに八九寺なわけだからいいのですね。
おそらく。
予告されてたバトル展開も見たかったですがね。羽川の写メ受け取ったときのアララギ君の状況と反応とか見たかったしね。
次巻で終わりということなので、きっちり描かれることはなさそうです。この辺の話入れてたらすごい分量になっちゃうでしょうしねw
少女不十分で西尾維新は小説でなくて御伽噺を書いてるんだよー
みたいな主張がありましたが、
まー、あれは柿本とかいう架空の作家の話だと言われてしまえばそれまでですが、
フィクションとは言え、たぶんその辺は作者の考えが反映されてるんではないかと思いますし。
そうなんだろうという前提で話しますがー。
ってか柿本が西尾維新の本名の姓だったりすると結構胸熱だったりします。
それはさておき、真っ赤な御伽噺?
とかいうフレーズもたしか戯言シリーズにあったかと思いますが、コレは真っ赤な嘘の嘘の部分をちょっとしゃれた言い方にしてみたものかと思われます。
いや、勝手な解釈ですがw
御伽噺=嘘なわけで、
そんなわけで西尾維新の書いたものは全部嘘だよ~ん
みたいな乱暴な3段論法は、まさか持ち出さないとは思いますがー
何が言いたいかというと、最後の扇ちゃんがなんだか結局こいつがラスボスになるのでわー
ってな感じだったあたりで
嘘を全部消してゆくイレイザー的な、まさに『くらやみ』の黒幕的発言から、
ひたすら嘘と不整合性を消していって、まるで戯言シリーズの西東天みたいに、人類最悪的にメタな最後にならないよう切に願うわけでw
まーでも今回の話ではっきりしたのは、
人間=生きている限り生き続けて変わっていくもの
怪異=存在する限り変われないもの
みたいな図式ができていて、物語の中核あたりにこんな認識があるのかなーとうかがわせます。
確かどこぞのインタビュー記事で作者自身が刀語と比較して化物語を『生き続けてていく事の物語』だとかいっていた・・・様な?記憶があります。
初めからこういうつもりで書いてるって事はやっぱり色々計画的なのかなーとも思いますねw
漫才系の会話とかはノリで書いてる感じがしますが。
なんだかあんまり感想になってない気が・・・・
さて次巻はひたぎさんが語り部だそうで、
これがまた、何かの気まぐれや都合で変わったりしなければ、アララギ君への罵詈雑言の裏っかわにあるベタベタに乙女なひたぎさんが見られるんじゃないかと今から楽しみなんですがー
どーなんでしょ。
やっぱりあのまんまなのかなー。