大阪のとある田舎で生まれ育った…

僕には2歳年上のお兄ちゃんがいます。
幼い頃の記憶では父方の家や母方の家を行ったり来たり、
祖父母宅に住み着いて暮らしていた時期もありました。

ですが父方の家で暮してる時は母方の家系の者との記憶は無く、母方の家では父方の家系の者との記憶は全くありません。

後に聞かされる事になりますが、父と母の結婚は反対されていて、結婚後も良く思われる事は無かったそうです。

僕が3歳になった頃保育園に入園する事になりました。
その時は母方の祖父母が暮している近所で家族4人で住む事になったのですが
毎日のように両親が喧嘩していたのを覚えています。

いつしか仲の悪い両親を見るのが当たり前になっていましたが
ちょうど5歳になった頃、小学生になったお兄ちゃんとニンテンドー64で遊んでいると
リビングから衝撃音が聞こえてきました。

お兄ちゃんと僕は目を合わして「また喧嘩が始まった」と悟りました。

怖かった僕達は気を紛らわそうとゲームに集中し、次々と聞こえてくる怒声や物音に怯えながらマリオゴルフ64をやり通していました。

するとドスドスと明らかに怒って近づいてくる足音に恐怖を感じ
振り返ろうとした瞬間、父にゲームを取り上げられ「ゲームやめろ!!お前らに大事な話がある!こっち来い!」と言われ恐怖のあまり震えながらついていきました。

するとそこには台所でボロボロになって泣きながら倒れてる母の姿がありました。

その姿を見た瞬間、僕は涙が溢れました。
今思い返してもどういう感情で泣いていたのかわかりません。
悲しいからなのか恐怖からなのか…。

そして興奮状態で息が上がっている父が「俺はコイツと別れる!」と言い出し、
僕とお兄ちゃんを別の部屋に連れていくと「俺と付いてくるか?」と順番に問いかけられました。

正直訳が分からずその時は2人とも完全にフリーズしていました。

そしたら母が台所から走ってきて泣きながら僕とお兄ちゃんを抱きしめました。

「あんたらは私の大事な子やから、どこにも行かんとって!」

哀しいわけでもない、嬉しいわけでもない、よくわからない感情でしたが、僕とお兄ちゃんとお母さんはただただ泣いていました。

それを見た父はお兄ちゃんに電話番号の書いた手紙を渡し「なにかあったら電話してこいよ」とだけ告げ、家を去っていきました。

とても静かでした。
それからおばあちゃんとおじいちゃんが家に来て
可哀想に…と言われていた事を覚えています。

ですが次の日からは何事もなかったように生活していました。
もちろん母は大変だったでしょう…
僕とお兄ちゃんは変わらず楽しく過ごせていた事を覚えています。

ただ家族で出かける事が少なくなったなぁと思うくらいでした。

ですが、僕とお兄ちゃんの誕生日には父と会う事ができました。

今思うと、当時の母の心情は察しますが、幼い僕はお父さんと会うのがものすごく楽しみでした。
大好きな遊園地に連れていってもらえるからです。

今でも昔の写真を見ているとお兄ちゃんも僕も、ものすごく楽しそうな顔してます。

ですが僕が小学生になる頃には父と会うことが無くなりました。

小学1年生の頃に苗字も変わりました。

後から知った事ですが、父が養育費を払わなくり連絡がつかなくなったらしく
母が親権を持つようになり旧姓に戻したのだそうです。

当時は学校で苗字が変わった事を友達や先生に言いふらして自慢してしまっていました💦笑

父が出ていってから母と兄と僕で3DKの賃貸マンションで3人で暮らしていたのですが
苗字が変わった辺りから母の妹と弟と部屋を分けて暮らすようになりました。
僕からすると叔父と叔母にあたる2人ですね。

一見不思議な家庭環境ですが、その時の各々の事情が重なってこういった家系図になったそうです。

お母さんは元々、近所の喫茶店に勤めていましたが
僕が小学3年生になる頃に、掛け持ちで病院の夜勤も勤めるようになっていきます。

祖父母の家が近いため夕食時は毎日祖父母の家までいっていました。

〜続く〜