数年前にアカウントを取得していらい、まったく手をつけていなかったこちらのブログを稼働させてみる。

どういった運用をしたかったのか、開設した目的もすっかり忘れてしまっているが、まぁ新たにやっていけばいいだろう。

 

ブログを始める時期として、12月というのは中途半端な気もする。あと一ヶ月待てば新年で、新たなスタートにちょうどいい気がする。

1ヶ月後がもう来年、という事実に改めて驚く。

 

実は、はてなブログからの引っ越しでもある。

べつに、はてなブログが嫌になったわけではないのだが、気分転換をしたかったのだ。

 

amebloの使い方とかわからなくて、半年ROMれじゃないけど、とりあえず全体の新着記事とか見ていたら、「エルメスのバッグの競争率」などという非常にどうでもいい記事が次々とすすめられてくる。ていうか、amebloって昔のmixiみたいな感じで、あくまで交流メインな感じなのかな? アバターとかは凝れるみたいだけど、ブログやテキストを載せるサイトとしては、はてなブログやMediumなどと比べると使いづらい気がする。

アイキャッチとして画像を入れているブログが読まれやすいのかもしれない。Canvaで画像をつくって載せるか。

 

軽く自分のことを紹介すると、地方出身で首都圏在住、生活上の困難をいろいろと抱えていて、もっと社会が変わって行ったらみんなが楽に生きられるのにな、と思っているひとです。

なんか、どこに行っても自分の居場所がないなと思っている。女/男で二分されていたり、健常者前提でつくられていたりする社会で、自分みたいな存在があまり想定されていないと感じる。思想的には左派とかフェミニストとかだと思うんだけど、そういうひとたちの集まりの中にいても、自分が浮いていると感じることが多い。どういうところが浮いているかと言うと、たとえば夜の仕事をしていたこととか、大学の学位を有していないこととか、オタク的な趣味があって女性の表象を好んで性的に消費するけど、その中でもよりましな消費、よりよい表現を追求していることとか。

日本語圏における左派やフェミニストのコミュニティ内においても「健常者のシスヘテロ男女ヤマト民族、ある程度以上の社会的階層出身、昼職……etc」みたいな、栗田隆子さんの言葉を借りれば「マジョリティの詰め合わせセット」(※『「働けない」についてとことん考えてみた』より)みたいなひとばかりが想定されていて、そうでないひとは周縁化されているな、と思うことが多い。

 

個人的なことは政治的なことだから。自分の日々感じている生きづらさの多くは社会の制度上つくられているものなのだから。少しでも多くのひとに「こういう考えもあるんだな」「こういう困難さを抱えているひともいるんだな」と、知ってもらえる可能性のあるネットという場所で個人的なことをつぶやくことには、意義しかないと思っている。