きっと一番最初は家族が「無事に生まれてきてさえくれれば」と、願ってくれたと思う

 

 

大人になった今、

 

多くのお金を稼ぐわけではなく

特別な肩書はなく

結婚出産せず

 

「周り」「普通」と呼ばれるものと比較すると劣っている?のかな。

 

 

仕事をして独りで暮らし

犯罪者になるわけでもなく

こんなブログを書きつつも、病気を理由にズルをしているわけではない

 

それじゃダメかな😌

 

今こうして生きているこの状態で、それだけで

許してもらいたい。

実体験からくる夢。


遅刻。


電車の発車時刻を大幅に過ぎている。


その事実よりしんどいのは

相手に電話して謝ること。


手を洗っていて遅刻したなんて、死んでも言えないから。

夏間近となり、日焼け防止パーカーを購入しました。

と言っても
私の場合、冷房対策用の薄手の羽織りというのが
一番の目的。

手の甲まで日焼け防止できるように、袖の親指の位置に穴が空いているものが多いですよね。

穴に親指を通すと、必然的に萌え袖状態となり
手が常に服に触れていることになります。

で、これ、ちょっと使えるなと。

不潔恐怖の私は、手で何かを触ったり作業をするとき
「ガッツリ腕まくり」をしているのが安心です。

服が汚れたら恐いし、
手と違って服はその場で洗えないし、
最悪の場合、汚れたと感じた途端、服を廃棄処分にしかねないからです。

そういった理由から、手袋とかアームウォーマーなどの類の物は
使ってこない人生でした。

さらに言うと、手を洗うとき
必ず腕までビショビショにしてしまうのため
乾くまで袖を捲っておくしかないからです。

(タオルやハンカチで拭けば済むのですが
絞らなきゃならないくらい濡れるので
自然乾燥させています)

話を戻すと、
必然的に萌え袖状態で生活すると
私の苦手な曝露療法を少しだけ実践している感覚が持てます。

そんなに苦しむ事なく実践できるので
小ワザとして日常に取り入れやすいと思いました。

日焼け防止パーカーを着るときは
トライしていきたいな、、!

むかし仕事で、自社サービスの登録状況をみる立場にいました。


アカウントが発行されて、パスワードでマイページにログインするという仕組みです。


ユーザー目線で、一つ一つについて気にしだすと

強迫は留まることを知りません。


お客様がセキュリティを心配して「アカウントを抹消して欲しい」という要望はよくありましたが

ある男性のお客様は「消えたんですよね?」を10回以上聞いてきました。


私は、あまりに自分と同じ思考回路をしている男性に少し興味が湧き、同じ事を何度聞かれても初聞のように回答し続けてみました。

安易に相手が病気だと決めつけるのは良くないけれど

明らかに強迫の兆候があるお客様だったので、強く記憶に残っています。


私も、幾度となくそういった強迫に囚われたことがあります。

例えば、何気なくダウンロードしたアプリ。

無償に消したくなって、ただ、アカウントを完全に削除しないと許されないので

ログインしようとしたけれどIDやパスワードを忘れて出来ない。再設定したり、問い合わせたり、労力をかけてやっと削除画面に辿りつき、ここからスタート。

一つ一つの入力項目や画面を確認し続け、やり直し続け、永遠に終わらない。


もっと突き詰めてしまうと、スマホというブラックホールの中では完全に抹消するなんて不可能なのに。

面倒なら、最悪、そのまま放置したっていいのに。

(セキュリティ上よくはないけど、死ぬわけじゃなし)


結局のところ、セキュリティ上の不安があるというより

消されるべき物が存在することへの見えない汚染恐怖みたいな感覚です。

こんなにも嫌だ辛いと思いながら
こんなにも疲弊しながら
働く意味とは。
早く帰りたくてたまらなくて

↑は、
今朝出勤中に電車のなかでスマホに残したメモ。
メモを打てるくらいは元気なのに
起きれず家を出れず遅刻をした。

祝日の前だし、少しのやる気くらい捻り出せるだろう。懸命に完璧に仕事をやり切って達成感があったほうが、気持ち良い休日を過ごせるだろう。
頭ではそう考えている。

重たくしか動けなくて這って職場に向かい、
カフェモカを買って自分にご褒美を与え(何もしてないのに)
どうにか「おはようございます」と挨拶。「すみません、遅れました」とお詫び。
電車の中から報告とお詫びメールは送ったけど、その返信は見るのが無理。拒否反応。

肩身の狭い空気の中にいると、どうしても自分で自分の背中を叩かれてしまい、必死になって仕事をこなしだす。

「いいじゃん出来る範囲でゆる〜くやれば。
遅刻だって、会議に遅れて周りに迷惑かけてるわけでもないし、お客様を待たせてるわけでもないし。そこまで無理して自分に負担をかけてまで得たいものなんてあるの?」
ともう1人の自分が頭の中でグルグル。

そうして色々こなしていたら、有り難いことに、今日は
鬱が時間と共に軽くなってくれた。
時間が経つごとに悪化する日もあるので
かなり有り難い。

今お昼休みだけど、
かなり楽になり、今朝の思い悩みが晴れてきている。

こうして自分を客観視して文字に起こしていると、鬱ってつくづく甘えではなくて病気だと感じる。
そして、どうゆう時に顔を出して引っ込めるのかわからなくて
「鬱ってまじで何」ってところに行きつく。

この病気に関して

いくつかの病院で受診した経験があるけれど


必ずといっていいほど話に挙がるのは

”この病気の人は根が真面目”という事。


残念だけど自覚がある。

悪い意味で、完璧主義で頑固で神経質で。

道徳的にどうかってことも、たぶん瞬時に判断している。


同じ病気でも様々なタイプの方がいることは承知の上で言うと、

私が接した強迫性障害の方は皆、真面目だった。


そこで浮かぶ疑問。

私は、強迫性障害だから真面目なの?

それとも真面目な性質が災いして強迫性障害なの?


こんな苦痛を味わうなら、真面目さなんて要らないよ。

中高生の頃は、ルーズな性格にみられたくて

演技したりもしていたな。


自分の事なのに、全くわからない。

これで成功した!ってわけじゃないけれど
自分なりのアイデアが思いついたので投稿鉛筆
......................
ちょうど一つ前の記事で書いた「付いてる物体」に関連して、
地面に落ちている物体にも確認行為をしてしまいます。

理由としては恐らく、その物体が自分に付着すると嫌だから
絶対にそうならないように何度も振り返って確認するのだと思います。

地面あることを把握できている時点で
ある程度大きい物です。
誰かが落としたゴミや葉っぱ、最近だとマスクとか。

「それらが自分に付着するなんてあり得ない」って
考えればわかります。

しかし、そんなの通用しないのが強迫性障害。

私の場合、前方にある物体が目に入った時点で
強迫スタート。
それをスルーできるか否か戦って、基本は負けます。
通り過ぎる時に物体をチラ見して確認し、しばらく進んでから振り返って「物体がキチンと同じ場所に存在しているか」を確認。
またしばらく進んでから振り返る。振り返る回数は、カウント強迫があるので
3回を最小として増え続けます。

酷い時は、また物体の近くまで戻って確認行為をすることも。

エブリデイ障害物競争。

そんな毎日ですが、先日ふと思いました。
「私はある程度決まった大きさの物体に反応しているから、それが特大サイズだったら
確認しなくて済んでいるのかも」

例えば、街にオブジェっぽいお洒落なベンチとかいきなり置いてあることがあるけど
それは確認行為の対象にはなっていない。
だから、例えば地面の葉っぱも
特大サイズだったら横を通り過ぎるだけで終われているはず
と。

行動療法っぽいこと思いついた〜!と
少しだけテンションが上がりましたが、実際にこの方法で成功したわけではありませんキョロキョロ

ホコリとも毛とも呼べないような、点。

汚れでもなんでもない物。

(なんて呼べばいいんだ、アレ。)


誰も気にも止めないであろうアレに

私は永遠囚われる。


多くの場合、

服やバッグなど身に着けているものに付いているのを発見

それを摘んで取る

トイレの便器の中や洗面台や、屋外であれば地面に落とす

落とした先にキチンと存在しているかを散々確認する


という流れ。

1つのステップに時間を取られすぎて、仕事にならない時もある。


気にしないように戦う時もあるが、結果負ける。

アレが少ししか視界に入っていない時は、無かったことにして勝てるときもある。

(1勝9敗くらい)


そんな意味不明の勝負。


・・・・・・・

先日、どうにか洗濯を終えて

その後の洗濯機内確認作業のとき。

機内に小さな点を発見。

それを取って、外に出さなければならないという

ミッションが発生注意注意注意


(因みに、洗濯機って定期的に洗浄が必要なはずですが

恐ろしくて出来ないので、垢みたいのが溜まってて洋服に着きます。

一般的には「それこそ汚い」と嫌がられそうですが、不潔恐怖の私は

綺麗と汚いの基準が変なので頭がオカシイ人だと思って流してください)


でも、洗濯という強迫大イベントを終えた私は

ゼーゼー疲れていて、

そのミッションを成し遂げる自信がなかった。


なので『洗濯機の点』とスマホのメモに残し、寝た。

そんなメモを残すなんて、オカシイ人。


でも、、、私のような病気の人間からすると

メモに残して後回しに出来たことが

ものすごい成果✨


本当は、その場でやらないと死に値するくらい

怖いのに

それに打ち勝って明日に回せた!

とにかく鬱傾向が目立つココ数ヶ月。


身なりを整える、食事、衛生面など

自分の事ほど疎かになる。


疎かというより、そもそも行ってない。


自己嫌悪になるけれど

”日が短くなるから仕方ないよね”と言い訳する。


人間は、冬至に向けて閉じていく。

これは医学的に明らかだから、無理に抵抗しないことにして。


冬至を過ぎても改善はしてないけど。

やっぱり自己嫌悪になると思うけど。

ゆるく付き合う、そんなもんだと思って自分を保つ。

自分で自分の心を穏やかに‥!

不潔恐怖″に縛られながらも

それを「見ないフリして過ごす」私なりの行いがあります。


それはネイルです。


手を洗い過ぎてすぐに落ちてしまうのでマニキュアを塗るわけではなく、

いわゆるジェルネイルです。

特殊なジェルを固める強固なネイルアートなので、手洗いに影響されることはほぼありません。


基本は鬱々として人間と接することを苦に感じる私ですが

根っこはお洒落や派手なことが好きな人間らしく

学生の頃は思い切りネイルをしていました。

当時はジェルネイルよりスカルプネイルというのが主流だったかな。


どうやったって汚れの温床になる、皮膚にくっついている物体があるなんて

不潔恐怖の定義(?!)に反するし、何かを洗う作業を妨害されます。

見えない何かが付いてないかとか、「やり直し」の強迫観念と戦ってたり、それをネイリストさんに変な思われないか確認しながら冷や汗ダラダラなこともあります。

そしてジェルを装着する前に、手に汚れが残っていないかの確認で手洗いに10000パーセントの完璧さが求められます。


トリガー要因を考え始めると、

本当はネイルなんて楽しめるはずがないんです。


でも、私はネイルに関しては

「お洒落したい」という純粋な気持ちが強迫に勝ったと思っています。


(あ、勝ち負けで話すと

負けの方が多く自己嫌悪になるからダメか…)


学生の頃に思い切って楽しんできたからなのか、

最近久しぶりにトライしたら、抵抗なくネイルをすることが出来ました。


学生じゃなくなってからは、ずっと重い鬱で

身なりに気を遣うことが出来なかったので

強迫以外の観点からみても、とてもポジティブな行いでした。


とは言え

自分にとってはまだまだハードルは高く、

特に、ネイル装着前の手洗いが大イベントすぎて体力的にも精神的にも参ってしまい

せっかくのネイルが億劫なものになりかけるのが辛いです。


だからといってお洒落したい気持ちを殺してしまうなんてNG。

ネイルのみならず「上手く付き合っていくこと」が肝。

と、改めてこの文章を書きながら感じます。


指先を血まみれにしないという、非常にHappyな副産物もあります。

私は爪や皮を剥いてしまう症状もあるのですが、ネイルの際に爪の先端だけでなく、ささくれや甘皮の処理などしてもらえて全体的にツルっとするので、自分でガリガリいじりづらくなるのです。