昔話の深層という本の第三章を読みました。この本は、昔話を心理学的に解説した本です。内容はそれほど簡単ではありませんが難しくもありません。昔話に興味のある人や心理学に興味のある人が読むといいと思います。

 

第三章は母からの自立を扱った章で、ヘンゼルとグレーテルを主題にしています。ヘンゼルとグレーテルの母親や、魔女が母性を示しているそうです。魔女が母性を表すというのは、母性の否定的な面を表すそうです。

 

ヘンゼルとグレーテルは、未熟な人間の自我を表しているそうです。まだ男性にもなりきっていない、女性にもなりきっていない自我だそうです。そのヘンゼルとグレーテルの両親は貧乏な上に飢饉に見舞われます。これは、心のエネルギーが少なくなっていることを示すそうです。そうなると、人間は活動できないそうです。

 

そのようなとき、どうすればいいのでしょうか?僕にはわかりません。確かに心のエネルギーのようなものがあまりないときというのはあります。気力に満ち溢れている人もいれば、すぐに疲れてしまう人もいます。活力の多さは人それぞれです。そういったことを踏まえて考えると、この話はおもしろいです。エネルギーが足りないから手放さなければならないことも心のなかのものにもあるのかもしれません。

 

ここで、両親は母親の提案でヘンゼルとグレーテルを捨てることにします。父親はかわいそうだと思いますが、なんら具体策を持てません。こういう弱い父親がいると、母親が強くならざるをえないそうです。そういうときに、母親は厳しい母親となるそうです。そして、父親が弱くて母親が厳しい場合、子どもは不登校となりやすいそうです。

 

これは、5chのひきこもりの多い掲示板でも同じようなことを言っている人が多かったので本当だと思います。

 

そして、そのような場合、子どもを突き放すだけではいけないそうです。火に焼かれるような体験をして、生まれ変わらなければいけないそうです。

 

僕も、自分を火で焼いて、生まれ変わるようなことをしなければならないのかもしれません。そうしなければ成長できないのかもしれません。

 

この章は母との分離についての章でしたが、不登校についての話が面白かったです。一度焼かれて、そこから再生しなければいけない。焼かれるほどの苦しみを通して生まれ変わらなければならない。そのようなこともあるのかもしれません。