どうしよう 俺 -35ページ目

どうしよう 俺

20年間服用した 向精神薬 ソラナックス&デパス

完全断薬して 7ヶ月が過ぎ日々の 徒然を語ります

昨日はお疲れ様でした。


本当に本当に大変な目にあっていること、よくわかりました。


少しでもよくなられること、心から願います。


そして、


この問題を作ってしまった医療は罪深い。



帰りのバスの中、ずっと考えていました。


どうして皆さん減薬ができないのか?



こんなこと、なんか意地悪な言い方で嫌なんだけど、


もちろん、

人は変えられないし、変えるつもりもないですが


大切なことだと思うので、、今日は思っていることを書きます。


反論があるならば是非反論してください。



最近のMDAAも、依存症の病院もそう、


ほとんどの人が

断薬も続かないし減薬も続かない。


何故か?


11年もこういう活動をして、はっきりわかることがある。


減薬を阻害する理由があるのだ。


まずステップ1として、


ベンゾジアゼピンを服用すればするほど不安感が強くなり、

その不安感そのものが、ベンゾジアゼピンの減薬の障害となっている。


ほんの少しだけ減薬しただけでも、ちょっとした離脱症状が出るわけで、不安感が強いので、離脱症状を過剰に感じてしまう。


次にステップ2として、


離脱症状を治めるために元の量に戻したり、更に増量してしまう、


それを繰り返し、繰り返し、繰り返しているうちに


更にほんの僅かな量を減薬すると離脱症状を感じてしまう。


つまりは、脳の感作性を自ら増幅させてしまう。


そして、ステップ3として


ベンゾジアゼピンの断薬を諦める。


さてさて。


何故そうなるのでしょうか?


きっと多分、ゆっくり過ぎる減薬をする方々というのは、


離脱症状を過剰に恐れ、


後遺症を恐れ、


慎重に慎重に、石橋を叩いて、叩いて、


そうですね、自分もそうでしたね、

だから理解できます。


まぁ、こんなこと書いてしまうと、あらゆる人達からお叱りの声が聞こえてきそうですが、


(むしろ反論してください)


えっと、

そもそもですが、、


離脱症状って悪いものですか?


後遺症って、ゆっくりゆっくり減薬すれば後遺症なんて、何も残らないのですか?


それって。まさか顔の見えないSNSに自分の好都合な情報を鵜呑みにしてませんか?


私は断薬された方々から様々な情報を得ています。


その中で、


よく聞こえてくるのは、


離脱症状と共に生きる。


後遺症と共に生きる。


ということです、


よく考えてみて下さい、


離脱症状も後遺症も貴方の身体を元に戻すための必要な症状ではないでしょうか?


身体というのはシーソーと同じで、バランスを無意識にとっているのです。


離脱症状も後遺症もバランスとして必要であり、


月日が経てば経つほど、シーソーの振り幅は小さくなってくる。


それを拒否するのは何故でしょう?


それって、もしかすると、ベンゾジアゼピンを服用した初めての日と同じなんではないでしょうか?


つまりは、人は誰しも目先の楽を好むのです。


水は低きに流れ、人は易きに流れる。


そういうことっすね。


一気に断薬は絶対にダメ、されど、ゆっくり過ぎる減薬もダメ、離脱症状や後遺症を過剰に恐れるのはもっとダメ、


私はそう思います。