母の7回忌に、、
もう母がなくなって6年にもなるのに大阪に帰ったらいつでも居るようで、、大阪へ7回忌のため帰ってきましたそしてこんなことを思いだしていました母親が亡くなる前にパラオにもう一回行きたいと言い出しましたかかり付けの医者に聞いたら、、、無理でしょう,、保証できません,、、と言われた最後のお別れと思い親戚の親しかったおばさん、おじさん4人と一緒に車椅子に乗せてパラオとグアムへ連れて行きました きれいな島をボートで島を回り最後にパラオの上をセスナーでひとまわり飛んでもらいました きれい、、きれいなあ、、、いうてました疲れていたんやろ、、、顔が何かまっ白やったんを憶えていますグアムに帰ってきましたちょっと気になっていたんで今は亡きドクタークルーズに電話をしましたうちのお母さん今アルパンタワーに泊まってるんやけど、、、どんなかんじか診てもらえませんか?6時過ぎにホテルに寄ってみる、、、ドクターは母を診て大丈夫、、、大丈夫、、、といって帰っていきました次の朝ドクターに電話したら、、、、サブロウ、、お前のお母さん長かっても3ヶ月や、、、今からどんどん進む、、ドクター、日本では主治医にこの一年ぐらい、、、ていわれてますサブロウ、、間違いない、、今からどんどん進むから看病するんやったらすぐ一緒に帰れ親戚の人にはこのことを話した帰る日チェックインを済ませたときにメイがいましたお母さんの面倒を診てくる、、、と言って大阪に行ってくれましたうれしかった 言葉のわからん大阪に一人で行ってくれました大阪へ帰ってからの母親はドクターの言ったとうりどんどん弱くなっていきました僕もすぐに大阪に帰りましたが、、、気丈夫な母はさぶ、、おまえ何遍も帰ってくるけどグアムのレストラン大丈夫か?、、、といわれてましたジェットスキーの買い付けに来てるんや、、、うそを言ってました母の調子のいいときは車椅子に乗せて長瀬、小阪の町を散歩しました4月~5月は緑がきれいで風も気持ちよく喜んでいましたそしてドクターの言っていたとうり3ヶ月で天国に行きましたなかなか病室で母と2人になれる時がありません24時間中2人ずつ組んで診てました、逝く2日前くらいからきつい麻酔をうっていました もう何もしゃべりませんでした一人になったときにお母ちゃん、、僕を生んでくれてありがとう、、おおきに、、、そして額にキスをしたら急に涙が出て止まらんかった、、、これで自分とのお別れができ一生の思い出ができましたええおかあちゃんを持ってほんまにしあわせやった、、、、おおきに、、、おおきに