宇野side






西母「じゃあ実彩子ちゃんの誕生日にー」





全「かんぱーいっ」





手を合わせてから食卓いっぱいに並べられた料理からある野菜を探す.   …その名もブロッコリー.  ブロッコリーとは美容にもダイエットにもぴったりで更に美味しい.  私が世界で唯一夢中になっているもの.  ……へ、隆弘?いやいや、全然.  隆弘なんてブロッコリーに比べたら格が違うから.




私の席から3つ目のお皿に例の食材を発見.  取られないようにすぐさまお皿に盛り付けて口に運ぶ.





宇「おいしっ、ママこれ最高っ」





宇母「よかったー、…あら?実彩子そのネックレスどうしたの?」





ギク.  隣の隆弘の肩も跳ねるのが分かって笑いそうになる.   なんだか秘密を共有してる悪人みたいで.





西母「ん?…隆弘と色違い?……もしや付き合っ」





宇「っ絶対無い!!」




西「…………!」





完全否定.   私は隆弘なんかと変な誤解されたくないし、誤解されてもいいのは愛しのブロッコリーとだけだから.




“えぇ〜?”  なんて含み笑いを溢すママ達を一喝してもらいたくて隆弘を覗くとお茶を吹き出していた.  ゲホッゴホッ なんてお爺さんみたいな咳を付け加えながら.





宇「どうしたの?」




西「ちょっと……外の空気吸ってくる」




ガタン.   席を立って出て行く隆弘.



そんな隆弘を見送ることしか出来ない私たち.  部屋を出て行く時にチラリと見えた横顔は無性に寂しげで、首にかかる橙色のネックレスがきらりと光って.




宇「…なにアイツ、」




ゆっくりとブロッコリーを口に運んで.  気づいた時には私まで席を立っていた.  …正直、ただの衝動に近い.





宇「ちょ…っと、私も行ってくる…」




からかわれるのが嫌でママ達の顔なんて一切見ずに玄関に急ぐ.  適当にミニーのパーカーを羽織っていざ出発.  隆弘の大きなスニーカーはやっぱり無くなっていてミッキーのパーカーも無くなっていた.




玄関を開けると昼間とは比べものにならない寒さが私の頬を容赦なく刺す.   夏とはいえやっぱり夜は肌寒い.  “ざぶっ”  声を漏らしながら玄関前で左右を確認.  …50m程先に隆弘らしき人影があった





宇「たかっ、!!」




私の大声に振り向いた人影は暗くてよく分からなかったけど特徴的な唇で分かった.  …隆弘だ.




西「…………っ」




私を待つことなく走って行く隆弘を慌てて追いかける.  バカの癖に運動神経だけはピカイチの隆弘に追いつくなんて到底無理な話で.  って言ってもとりあえず走って走って.




宇「あっ」




足がもつれて転んでしまった.  膝から血が出るわ衝動的についた両手が小石の衝撃でジンジンするわで立ち上がれない.




宇「いっ、つぅぅ.   隆弘のばかっ!」




?「大丈夫か?」




宇「隆っ……、違う…、あ、すみません、」




暗闇で顔がいまいちよく見えない.  でも、声からして隆弘ではないことは確かだった.




?「ええから.  ほら掴まり?」




そんなことを言いながら手を差し出してくれる男の人に、どこか不思議な気持ちになった.   …どこかで、会った?いやいやそれはないでしょなんて頭をぶんぶんと横に振ってその右手を取る.





宇「大丈夫です、ありがとうございましたっ」





?「あほ.  膝から血出とるで.  ほら絆創膏と…、もし良ければこれ、」



改めて見たその顔はやっぱり会ったことがあるような気がしてならなかった.  受け取った紙切れにはLINE番号が書かれていて、絆創膏も私が好きなペコちゃんのやつだった.



宇「あの…本当、ありがと…!?!?」




唇に何か当たっていると思えばゆっくりと離れていく細長くてしなやかな指.  当たっていたものの正体を知った私は目をぱちくりさせることしかできない.



與「お礼はLINEくれればええから.  な?ほなばいばい」




手を振って去って行く彼を青白い街灯が照らす.  黒いハット. I AM WHAT I AM どでかくプリントされたジャケット.  ブランド…なのだろうか.  




宇「新手の、ナンパ……?」




暗闇の中で突っ立って呟く.  彼の人差し指が触れた私の唇が熱を持つのが分かる.  しばらくぼうっとしていれば、ポンっと叩かれる肩.





宇「きゃっ……」




西「お前、なに突っ立ってんの?」




宇「……あっ、そうだ隆弘っ」




……やべ、すっかり忘れてた.  




西「俺を探しに来てたんじゃねーの」




宇「あ、そのつもりだったんだけど……」




西「……なに、これ」




手に持っていた紙切れとペコちゃんの絆創膏を守る暇もなく奪い取られる.   本当、隆弘の運動神経の良さには敵わない.  




西「なにこれ.  は、LINE番号?」




宇「えー、転んでたところを男の人に助けてもらって…」




西「だからってLINE番号?へぇ」





冷え冷えとした視線に背筋が凍る.  厚い唇をニンマリと持ち上げながらぴらぴらと紙を揺らす仕草.  目は全く笑っていなくて…怖い.




こんな隆弘…初めてみた.




宇「お礼しようかなって思ってて……」




西「お前は……、いっつもそうやって…」





腕をグイッと引っ張られる.  掴まれた腕に隆弘の爪が食い込んで、相当怒ってるのが想像できる.   …何に怒っているのか分からない私には弁解する余地もなくて.




言葉なんて発する暇もなく気づけば隆弘の腕の中.  恥ずかしい感情よりもなんで抱きしめられているのか、疑問の方が断然優っていた.





宇「…っやめて、離して」




西「……っ」




宇「……っ」




ごめん、その言葉と共にゆっくりと離れる身体.  隆弘はまるで私と離れたくないかの様に、ゆっくり、ゆっくりと身体を離す.   ひとつひとつがスローモーションの様に展開される.   まるで…映画のワンシーンみたい. 




西「……わり.  俺先帰る」




宇「……うん…」





甘い隆弘





切なそうな隆弘





不機嫌な隆弘






怖い隆弘






最近だけで、どれだけ初めての表情を見たんだろう.   最近の隆弘はコロコロと表情が変わってついていけないよ.





宇「……ばあか」





どんどん小さくなる隆弘の背中に無意識に出た悪口.  私の精一杯の強がりは寒々しい夜空に溶け込んで行く.  遠ざかる隆弘のパーカーの背面に描かれたミッキーも何処か寂しげだった.




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