2026年2月7日(土)

 

『鶴ヶ城(浜松)』→『亀ヶ城(東栄町)』 その1 の続きです。

 

次は県をまたぎますが、すぐ近くにある亀ヶ城です。

近くに鶴と亀なんて後から名付けたのが否めない。

 

亀ヶ城は長峯神社の永禄7年(1564年)の棟札には伊藤右京貞守と記されており、この人物が亀ヶ城の城主だった可能性が高い。

 

麓にある長峯神社

 

この長峯神社の裏にある山が城跡とされているが、探索してみて疑問に残る点が多かった。

縄張り図は調べたが入手できず、説明看板には遺構はほとんど残っていないと記載されているのに虎口、土塁、堀らしき場所があると書いてある。

有るのか無いのかどっちなんだい!

 

とりあえず探索した場所を紹介する。

 

主郭とされている場所の南側にある出曲輪らしき場所

出曲輪の切岸?(切岸特有の急勾配ではない。自然地形だろう)

 

出曲輪?(削平されている)

 

出曲輪の堀?土塁?(自然地形ではない)

 

南側から見た主郭(高低差はあるが切岸にはなっていない。山城特有の腰曲輪、帯曲輪がない)

 

主郭西側の副郭といわれる場所(削平されていて敷地も広い、近世の耕作地ではないだろうか)

 

副郭の谷筋にある段々の石積(副郭同様、近世に積んで耕作地として使っていたのではないだろうか)

 

副郭と主郭との間の土塁と堀らしき跡(近世に造られた水路と小堤に見える)

 

大手門と思われる場所(確かに構造は門があってもおかしくない)

 

主郭西側の切岸(切岸の構造になっている)

 

主郭坂虎口

 

虎口を登ると祠がある

 

主郭(けっこう広い)

 

探索した結果、私の考察ですが山城特有の防御施設がなく、ここに城があったことに疑問が残る。

しかし、大手門らしき場所や主郭西側の切岸は城の遺構ぽく見える。

城というより自然地形に囲まれた単郭の居館であったと推測する。