風が冷たいです

おれっちが住んでる地域は雪が滅多に積もったりしませんが風は強いです
この寒さ明日も続くみたいです

パチンコ店の店長のお話し
これも現在とは違います
そしてパチンコ店の正社員になると言うことは現在では意味があります

おれっちが働いていた当時はパチンコ店に寮があり18歳以上なら誰でもどんな人でも簡単に正社員として働くことができました
なので色々な人が流れてきました
お店で働きはじめて給料が出るとトンズラする人、かけおちをしてきたカップル、詐欺師、はたまた酒に溺れて行く人、女性に狂ってしまうホールマン……などなどさまさまな人が出入りしてました

少し前のしつの悪い派遣会社に似てましたね

その中で真剣に働く(目標をもって)人は主任、そして店長、エリアマネージャー(営業部長)と上がって行きます

まず最初はホール主任をめざします
とにかく、仕事を休まず一年は真面目に働きます
するととある所に1週間ほど研修に行って主任の資格をとります
さらに3年真面目にやるとまた研修に行き店長の資格をとります。まぁ、早い人で3年位で店長になったりしました

当時グローリー(両替機)とかサンドイッチと呼ばれる玉貸し機が各台の横についていて、グローリーの千円札回収とグローリーへの両替のお金の補充これは主任クラスの仕事でした
さらに閉店後のお金回収やスロットの釘調を書くこととスロットの設定をうつのも主任の仕事でした
店長はデーターの確認とパチンコの釘調、釘調整(店舗によっては専門の釘師がいた)売り上げの計算などが仕事でした
もちろん役物の交換、パルコン、パレスタ、蛇腹の交換、ポリロンの洗浄なども店長や主任の仕事でした
おれっちも教えてもらいやりました。そのおかげで役物交換からポリロンの洗浄まで出来るようになりました。
一般ホールマンもそこまでできたらたいしたもんです

え~……少々専門用語がでてしまいましたがまた解説をしていきたいと思います

ホールマンの仕事思ったよりあるでしょ?
次回は専門用語の解説を含めパート2をお話しします

それではまたまた……

つづく……




衝撃的な出来事が発覚してしまいました

声優の鶴ひろみさんがお亡くなりになりました
まだ定年前なのに残念です
また偉大な声優さんを失ってしまいました

ご冥福をお祈りします

さて、パチンコ店のお話しに行く前に今日……18日のとあるファミレスのお話しをしたいと思います
おれっちがよく行く某ファミレスは九州を拠点にしているので他のファミレスと比べて値段が安い。でも最近ランチが少々値上がりしました
。こうして他のファミレス値段に近づいて行くのですね(泣)

今日は雨のせいか店内は混んでいた
なので、ふだんは順番待ちはないのだけど少々順番待ちをして……
座った席は対面の2席。で、その隣が2対面の4席。その席には幼い子供2人とそのあオヤジとみられる男性とその母親が座っていた

母親「この子はチョコ嫌いな人だから」
と子供のことを言っていた
オヤジと思われる男性「ふ~んそうなんだ」

夫婦間でこのような会話が出るだろうか?
少々不思議に思って会話を聞いていると、やはりそねようなやりとりが多かった
その夫婦と思われる男性と女性の顔をみたら似ていたのでもしかしたら姉弟か兄妹だったかもしれない

雰囲気的には明るくて恋人どうしのかんかくで会話をしていた……まぁ、夫婦だからかもしれないが
かなりのボリュームで会話をしていたので例え耳をふさいでいても聞こえてきてしまうくらいだ

でもこの雰囲気の中で育てば良い子供が育つかも

などと思っていたら
「ぎーゃわーん」
幼い子供が泣き出して
母親「このこ飽きたみたい」
オヤジと思われる男性「じゃ、出るか」

嵐のように去っていった

何だったんだ?

胸に引っかた思いを抱いて店をでた

外は冷たい雨が降り続いていた

続く……わけないでしょ(笑)





メトロノームです

おれっち風邪をひきまして、くしゃみ、ハナミズ、咳、喉の痛みにおそわれまして病院の薬でおちついたしだいです
高熱が出なかったことが幸いです

さて、メトロノームが過去に経験した職業にパチンコ屋の店員というのがあります。今回はそのお話しをしようと思います

業界歴は約3年。現在と業界のありかたが少々ちがいます。なにしろ約20年前のお話しになるからです
そのお店は自動車街と言われる通りにありました。もともと飲食店で社長は京都の人でした。
そのお店を改装しパチンコ店にしたとのこと。
当時「呼び込み」というマイク放送があり

ようするに

「いらっしゃいませ」とか「○○スタート」といったことを店内で言うことです
今おれっちの地域ではこのような店舗ないです

システム的にも現在とは全く違いました

通称フィバー機、一般機、権利物、スロットなどに別れていてフィバー機は当たると全て交換、一般機は大入とか予定数終了などがあり予定数終了になるとこれまた全部交換、スロットは無制限とり放題になっていた

交換数もちがっていた
現在等価とか1パチ2パチ5スロ3スロ2スロなどなど色々あるが当時は店舗によって交換数がちがっていたし、貸し玉(コイン)も一定に決まっていた

システム的なことを言っていると話しが進まないのでこのくらいにしておきます

パチンコ店の店員は基本的に一人で行動し判断をしなければなりません
お店のルールもお客に守ってもらわないとこまります。
なのでときにはお客に強く出たりします(何回お願いしても守ってくれない時にかぎりますが)

口論になり口ケンカになり時には殴られそうになっていたり(実際殴られた人もいます)

やはりお金がからんでいるのでそのへんは店とお客の主張がぶつかりあうワケです

たいがいのお客はやさしく言えば納得してくれました
お店のルールを守ってもらえるようにお願いするのも店員の役目でした
それから、パチンコ台やスロットも故障したりします。現在なら故障の原因を説明し故障した台は閉店まで使用しませんが、当時は部品を交換すれば治る程度だったらその場で修理してました
なので部品の交換とか役物の交換とかスロットのホッパーの交換、さらには蛇腹の交換などのメンテナンスも覚えていくことでした
閉店後台の硝子、上ざら下ざら、灰皿、カセット、レールに至まで清掃、むろん、床のモッブかけもしました
まだまだ細かい仕事はありますが、おおまかに言うと当時の一般ホールマンの仕事はこんな感じです

次回はどうしたら店長や主任になれるかお話しします