もうすぐ安倍氏の国葬が行われる。

敗戦によって失くされた、
日本人の祖国に対する愛国心を再び呼び起こそうとした総理大臣。
評論家やコメンテーターのように、思想や考えを述べたり書いたりするだけではなく、
誇りある日本を取り戻すため、
国を背負って自ら動き、
国際社会で日本の存在価値を築き、
道を開いてくれた。

相変わらず世間では下品な言動が続いているうえ、教育の場にも浸透し、

この愛国心というものを

どうにかして日本人に持たせないよう、
日本の子供達の心に育たないよう、

安倍氏への誹謗中傷を連ねたり、
弔意の強制だとかいう言葉を使い
反旗や黙祷はもとより、

手を合わすことすらさせない。

「私達の国の元総理大臣が
銃撃により非業の死を遂げました。
生前日本のために働いてくれたことへの
感謝の気持ちとご冥福をお祈りするため
みんなで黙祷しましょう」

こんなどこでも当たり前のようにすることを
今、日本の子供達に絶対させないようにしている。

勝手な逆思想によって日本の子供達は、
人として当然持つべき道徳心まで抑えられ失くされようとしている。
こんな環境では愛国心などなかなか芽生えず、それは子供達の祖国への無関心や自虐につながる。

こんなことを日本に望む人間達がいて
それが強行される。
安倍氏が亡くなった後のこの喧騒により、
日本の侵食された危機を目の当たりにしたようだ。
今さらであるが…

政治や現代史に詳しい人達は
もうずいぶん前からこの日本の状況に
非常に危機感を感じていただろうし、
安倍氏をはじめ政治家は一般国民には見えない脅威も知っていたのだろう。
これ以上日本人の心が侵略されれば
日本が無くなると分かったのだろう。

今、安倍氏不在をチャンスとばかりに
反安倍派が下品な言動を繰り返すのを見て、

こんな勢力のなかで、

日本を取り戻すための大事な基盤は
日本国民ひとりひとりの愛国心だということを掲げ、同時に国際社会で日本の存在感を示すという首相自らの仕事も成し遂げるなど、
安倍氏が打開のためにしてきたことは、
どれだけの苦労と強固な意志と
情熱によるものだっただろうと
私には想像もできないくらいの
大変な戦いだったのだろうと

安倍氏が生前頑張ってくれていた間、 
私はそこまで思い計らなかったことを
今とても申し訳なく思う。
もっと応援していれば良かった
支持していれば良かった と…
心苦しい。

以前安倍氏の あんな人達 という言葉がさんざん叩かれたが、
本当に 
あんな人達
逆方向に日本を引き摺り込みたい人達
本当にそら恐ろしい   
と、つくづく感じる。

こういう思想派が
日本国内でここまで遠慮なく 
声を張り上げている状況と、
それを許す環境が作られてきたことに
私は日本人として怒りを覚える。
危機感も感じる。
気づかなかった自分の無知にも
反省している。

だから
国葬が実施されるのは
私としては有難いし
行われるべきと思っている。

戦後レジームからの脱却を先導した安倍氏が国葬になるということは、
安倍政権時代に、戦後の日本人が、
誇りある日本にあらためて向かい始めたこと、
多くの日本人が
それを支持したということが
歴史に残るから。

閣議決定がどうとか
税金がどうとか、それこそ宗教問題など
そんなことはどうでもいい。
先導している反対派にとっても、
そんなことはただの理由付けであって
本音はどうでもよく、
自立する誇りある日本を否定するため、
無かったことにしたいからだ。
日本より大事なものがあるのだろう。

私は日本人だから日本がいちばん大事だ。
日本の歴史の中で日本の地に生まれ、
日本人の血が流れている。
子供の頃から、日本人の義理人情や正義感、武士の高貴な精神の逸話などに
本当に心惹かれ感動した。
本来の日本人の心を穢されたり、
失くされたりしたくない。

まるで正義と悪との戦いのよう。

安倍氏は日本の自立した未来への
方向性を築くためにそれこそ命を掛け、
本当にそのために
命を落としてしまったのだと思う。

来る国葬は、
公の場として安倍氏に弔意を捧げる
最後の機会になるのだろう。

当日はあらためて安倍氏に
心からの感謝と哀悼の意を捧げ、
日本人としての誇りを忘れないこと、
日本を愛し、それを少しでも
後に続く子供達青年達に伝え、
未来の日本に繋げることを
誓おうと思っている。