ジエムの義妹のマダム・ヌーは、アメリカのテレビインタビューでこの事件を「僧侶のバーベキュー」と評し、国民のジエム政権への反発をいっそう高めることになった。11月にはついにクーデターが発生し、ジエムは決起部隊に殺害されたがマダム・ヌーは生き延びた。
ドラゴン・レディ [編集]
彼女の気性は激しく、1960年代初頭に、カトリック教徒優遇政策と仏教徒に対する弾圧を推し進めたジエム政権に抗議して首都のサイゴン市内で焼身自殺を図った僧侶、ティック・クアン・ドック師の行動を、「あんなのは単なる人間バーベキューよ」、「僧侶が一人バーベキューになったからなんだっていうの」、「西欧化に抗議するのにアメリカ製のガソリンを使うなんて矛盾してるわ」などとアメリカのテレビ局のインタビュー上で揶揄し、世界中から大顰蹙を買った。
マダム・ヌーのこの不見識な発言は世界中のメディアで報道され、当時の南ベトナムの事実上の宗主国であるアメリカのジョン・F・ケネディ大統領の怒りを買い、夫と義兄の命を奪った1963年11月の軍事クーデターの一因になったと言われている。この様な発言を連発した事と、実力者である夫の威を借りて強権的な態度を取り続けたことから、欧米のメディアから「ドラゴン・レディ」という渾名をつけられた。