そんな記憶はありますか?
僕はあります。
亡くなった父親への闘病中の接し方です。
3年前に2度目の肺ガンが見つかり、
手術して投薬、そこから自宅療養の日々。
余命は1年でした。
同時期から歯の調子も悪く、
上手く食事が出来ない事で
自暴自棄になっていきました。
弱った姿を知られるのを極端に恐れ、
通院以外はまったく外出しなくなりました。
最後の数ヶ月は声や音に敏感になったり、
感情の浮き沈みが激しくなったり、
妄想的な事を言ったりしていました。
もう僕の知っている
父ではなくなっていきました。
代わってやれない。劇的に治る事もない。
余命はあとわずか。母も看病で疲弊している。
なんとも言えない無力感でいっぱいでした。
そして、会いに行けばそのもどかしさが
勝手な言葉になりました。
「外を散歩してみんさい!」
「運動せんといけんよ!」
「まだまだ大丈夫よ」
「がんばらないと!」
どう励ましていいか分からず、
自分本位なアドバイスを
まるで叱っているかのようにぶつけました。
そうやって失う恐れや悲しさを
ごまかしていたのかもしれません。
怒りの裏返しは恐れですね。
心残りとは言いませんが
今ならどう接するだろう?とふと思うのです。
ただ向き合う、ただ微笑む、ただ話を聞く、
ただ受け止める、ただそこに居る。
いま、コーチング・カウンセリングで
目指す部分と重なります。
27日は3回忌です。
この日だけは父を思い出して
しっかりと接してみようと思います(^-^)
なんで後ろ姿を撮った?でも、懐かしいヽ(´ー`)


