翔くんの「ただいま。」の声。
聞き慣れたはずなのに懐かしい。
懐かしさと合わせてなんだか照れくさい。
「おかえり…だよね。」
「自分んちだからね。」
「うん。おかえり。」
玄関で除菌スプレーを振って
洗面所へ向かう翔くんは
念入りに手を洗っているはず。
手を洗う姿を見てなくても
聞こえてくる手洗い歌には
俺も聞き覚え…もとい歌い覚えがあるから。
この状況下で別々に生活していたけれど、
翔くんは帰ってきた。
俺のことはともかく
翔くんはグループで活動している時と
然程変わらないスケジュールだから
2人の生活に戻るか迷った。
めちゃくちゃ迷った。
そりゃぶっちゃけ戻りたいに決まってる。
年末までの色んな緊張感と
目に見えない大きなプレッシャーから解き放たれて燃え尽き症候群とは言わないけれど
『明日のスケジュール』
というものが存在しない生活を送る俺。
誰がどう考えても緊張感と責任が
まだまだ翔くんの間近でひしめいている。
翔くんにとって一番いい選択は、まだ別々の生活を続けることだってわかってるのに往生際の悪い俺。
でも、けど、やっぱり、だけど、
そんな言葉が頭をぐるぐる回って回って
ハッキリとした答えが口から出せない。
それは結局俺の優柔不断さと
翔くんのそばにいたいっていうワガママだ。
そんな俺の思ってることを
全部察してくれた翔くんが
「体の前にさ、気持ちが病んだら意味ないよね。だからさ、潤のとこ帰らせてくんね?」
って言ってくれた。
そのとき眉を下げて申し訳なさそうな顔をして言ってくれたのは、俺が「うん」って言いやすくしてくれたんだよね。
そんなとこまで翔くんは
考えてくれたんだよね。
「ちょっ、じゅん〜、じゅ〜ん!」
洗面所から声がして見に行くと
顔も洗った翔くんがタオルを指さす。
「どうしたの?翔くん。」
「これさぁ使っていい?」
「え?」
「このタオル。」
「なんで聞くの?」
「勝手に使っていいのかなって。」
「いいに決まってるじゃん。」
「だよな。や、うん、そう思ってはいたんだけど、なんとなく?」
「なんとなく?」
「そう。なんとなく。」
翔くんが指さしていたタオルを手渡す。
受け取った翔くんは顔を拭いた。
「自分ちなのにね。」
「なのにな。」
照れ臭そうにタオルから顔を出して
俺を鏡越しに見た。
なんだかくすぐったい。
だけどすごく嬉しい。
この感じ。
きっと翔くんも同じなんだろうな。
それもなんか嬉しい。
「なになに?なんか面白いテレビ?」
嬉しくて一人で笑ってしまっていたみたいで
洗面所から戻ってきた翔くんが
隣に座りながらテレビに目をやる。
「ううん。あ、なんか飲む?お腹は?空いてない?」
立ち上がろうとしたとき
翔くんに腕を掴まれた。
「ん?」
「いいよ、ゆっくりしてなよ。」
「十分ゆっくりしてるから。翔くんは仕事だったんだし。」
「いいからいいから。腹減ってたら自分でやるよ。」
別々に生活してた間に
翔くんは自炊を覚えたのかな。
その小さな変化が
成長というのかもしれないけれど
ちょっとだけ寂しいような…。
「冷凍庫いっぱいでしょ?」
「え?」
「温めるだけなら俺も出来るんすよ。」
翔くんの顔を見るとラッパー揺れしながら
自分を親指で指さしてドヤ顔してて。
翔くんから送られてきて
食べきれないままの2人前の食品が
冷凍庫を占領してることを思い出す。
「ふふっ。そうだったね。」
俺が思わず笑うと
翔くんは優しい顔で掴んでいた俺の腕を引いて
抱きしめた。
「腹よりさ、ちょっとこうしてたいかなって。」
俺も翔くんの背中に腕を回す。
「うん、俺も。」
「ん。」
「…翔くん、おかえりなさい。」
「ただいま、潤。」
やっと帰ってきた翔くん。
しばらく黙ってぎゅぅってされてると
本当に翔くんが帰ってきたなぁって
少ししみじみしたりなんかして。
「なんかひっさびさだなぁ。」
翔くんの声で顔を上げたら
目の前にある翔くんの顔。
「うん、久々だね。」
「違う違う。」
「え?」
「時間的なことじゃなくてさ。」
意味がわからずに首を傾げる。
翔くんが微笑んで目尻の皺が長くなる。
前よりもまた長くなったかも。
「潤がほんと柔らかい表情になってる。」
「そ、う?」
「すっげぇプレッシャー感じて、めちゃくちゃ緊張して、切れそうな糸をピンって張ってんなって思ってたからさ。」
「それは翔くんも…、メンバーみんなそうでしょ。」
「そうかもしれないけど、俺はやっぱ潤のことを一番目で追っちゃうから。」
あらためて翔くんに言われると
グッと胸に込み上げるものがある。
すごく怖かった。
どうなるのか。
トラブルがあったらどうしようとか。
もし体調に変化があったら。
ネガティブなことが頭から離れなかった。
だけどそれは口にしちゃいけない。
弱音だからじゃなくて、
口にしたら本当に何か起きてしまう気がして。
誰にも。
翔くんにさえも。
「メンバー」として接することを徹底した。
じゃなきゃ
翔くんに甘えたくなってしまうから。
神経質すぎるくらい
神経を張り巡らせていた。
「そんな潤を早く抱きしめてやりたいなぁって思ってたから。」
「潤、一旦、お疲れさま。ゆっくりしてよ。」
nさんにリクエストいただきました。
幸福論。
こんな感じでいかがでしょう。
盛り上がりも、ピンクも、オチもない、
それが幸福論。
