季節
我々道民にとって「春の訪れ」は、幸せの訪れではなかったか?
雪の合間から福寿草が顔を出し、春を見つける。
瞬く間に時は過ぎ去り、夜空に打ち上がる花火を「クライマックス」と取る。
そうこうする内に、天の指揮棒は、「デクレッシェンド」と指示を出す。
我々はそのサインを注意深く、目にして、段々肩の力を抜き始める。
「注意深く。」
私にはこの感覚が足りない。1人前の大人であるなら、自分の言動を、やや踏みとどまってみたりする必要がある。
なにやらザワつく9月を経て、豊かな10月を迎えた。10月には何とも言えぬ、安定感がある。
去年のちょうど今頃は、医療保護入院。バテバテの夏を乗り切ったご褒美を受け取り損ない、窓辺の木々にそっと目をやる意外になかった。
私の健康法には、「日課」があるといいのかもしれない。「元気」が無い事には何も始まらないのだ。散歩も良さそうだ。寝る前の穏やかさも大切にしたい。
大きなパズルを組み合わせるような、「取り組み」が、私を元気にしてくれた。
取り留めのない文章になってしまったが、行楽日和なやや風の強い今日という日に、「喉から手が出るほど欲しかった元気が」今ある事に感謝したい。
