子供の頃から病弱で、友達は出来なかった。
親の厳しいしつけもあり、私は心を開けなかった。おそらくそれは半年間入院生活をしていたことも、要因になっていたのかもしれない。
そして接近して来るのは、私を利用する人たち ばかりだった。
典型的な昭和の家庭。頑固親父がいて、とても
わがまま。周囲は何かあれば、すぐに怒り狂う父を恐れて、暴力を受けたくないから、逆らえない。だからそのわがままが通るのだ。そして裸の王様である父は、周囲には感謝することは
なく、暴力を震っても、謝罪はしなかった。
父の暴力により、素直で親孝行、学校での成績も良かった弟は、心が病んだ。幻覚、妄想が酷くなったが、父はそれを受け止められずに、治療に繋げるのが、遅れた。何度かの入退院を繰り返したが、未だに社会復帰は出来てない。
また元の恋人は慢性のアルコール依存症で、30才で始めた事業の失敗により、精神的なダメージもあったのだろうが、妻の不倫などもあり、離婚して、家庭が崩壊すると、それまで免れていた家事や子育てをも担わねばならなくなり、引き取った子供たちが思春期という難しい年頃だったし、離婚に至るまでには、親の都合でたらい回しになり、子供ながらに苦労したようで、大人に対する不信感が強く、母親に捨てられた悲しみと、父と同様にそれまで家族に対して、暴力を震っていたであろう父親であった彼に対する不信と怒りが、非行という形で現れ、彼も親として、その現実に向き合えない様子で、益々飲酒量が増え、それが彼の心身を、蝕んでいった。
彼の立ち直りを願い、色々と試みたが、専門病院には繋がれずに、子供たちからも見放されて、老健施設で亡くなったようだ。
私自身は彼と別れた後、人生の目的を失い、仕事だけはかろうじて続けてきたが、両親との死別をも、克服出来ずに、その孤独を埋めるものさえも、未だに見つけられない。心が乾いていて、話し相手もいない一人暮らし。まさか私が、一人で暮らすようになろうとは、思いもしなかったが、結婚という選択をしなかったから、それもある程度は覚悟していたが、もし結婚していたなら、どんな人生だっただろうかと、考える時はある。
気がつけば、苦労を買って出るような茨の道を、歩いていた。何をしても、空回りばかりで、仕事上の目的はあるものの、そこにたどり着くには、余りに道は遠い。仕事を優先させて、生きてきたし、死別した元の恋人は、私から仕事を奪おうとしたから、自分のアイデンティティーを守るためにも、別れざるを得なかったのだ。
私が学生時代に、女性運動家が登場し始めて、女性の権利を主張し始めた。それに感化され男性中心の社会と戦った。会社はとこも男社会。
非正規で入社した女性は、その会社を辞めるまで非正規だが、男性は能力があれば、試験を受けさせて、正規雇用にした。だから仕事が出来る女性が、非正規に甘んじざるを得ない状況に性差別を感じて、その実態に怒りを感じながら、私は働き続けた。
私は強い女性だと思われる。親の教育もあったが、人に甘えることが出来なかったから、何か困ったことがあっても、助けを求めることが出来なかった。何度も崖っぷちに立たされたが、
そこでも私は一人で、その現実に向き合った、
そんな状況でも、助けてくれる人は誰もいなかったからだ。
三十数年の付き合いがあった友人が、あなたは男性を駄目にするタイプだと指摘したことがある。何故か接近する男性は、依存心が強くて、
甘ったれの性格の人々ばかりだった。誰もが、私に依存することで安心する、求められるのは何でもわがままを聞いてくれる母親みたいな要素で、彼等は私自身を見ているわけではない。
そして私の本性を知れば、潮が引くように離れ去った。裏切り、搾取、計算と駆け引き、そんな中で、私は生きてきた。信じていた人々からは、裏切られ、騙され。利用された。私は人間不信に陥り、誰にも心が開けなくなった。劣等感もあり、自己肯定感も低かったから、今でも自分には自信もない。承認欲求も強いから、そんな性格に漬け込み、利用する者が現れるのだろう。
松任谷由美のヒット曲に春よ来いという曲がある。半年間雪に閉ざされる北海道で暮らしていると、雪が溶けて、土が顔を覗かせる光景に、とても喜びを感じるものだ。仕事で生きるために、実に多くのものを失った。家族は持てなかったし、大事な人々との辛い別離もあった。
それらの人々は帰らない。失って初めて気付くそれらの人々の大切さ。その時その時で与えられた現実に向き合うのが、精一杯だったから、
将来のことなど考えるゆとりはなかったのだ。
だから悔いはない。所詮人間は一人。一人で生きる覚悟さえあれば、嫁姑問題や配偶者の親戚付き合いに煩わされることがない独身が良いが、それは孤独と向き合うことでもある。まして私は個人事業主。最終的に何かを決断するのは私自身。そんな意味では孤独である。けれどもようやく好きなことが仕事になったのだ。そのチャンスを失いたくはない。例え険しい道だとて、自らで選択したこの道を、ひたすら歩いていくだけだ。いつか人生の春も訪れることを、信じて。