100人いたら、100通りの、愛の表現方法があるかと思います。
中には似ている方法もあるでしょう。
そして、相手がいる場合、あなたの愛の表現方法をこころを込めて渡しても、何の反応もない事もあるかもしれません。
もしくは、悲しいほど相手の表現方法がわからなくて、受け止められなくて、泣いたり、落ち込んだりすることもあるかもしれません。
実は、かつての私がそうでした。
一番こころに残っているのは、たしか8年前位でしょうか。
実家に帰ると、久しぶりに東京から叔母が来ていました。
「わぁ。おばさん、逢いたかった!」と言うと、叔母はこう言ったんです。
「私は貴方なんかに逢いたくなかった。」
私は、びっくりして
悲しくて、泣いて家を飛び出して、
実家近くの大好きな神社に行きました。
叔母は、ずっと私を可愛がってくれていたので本当にびっくりしたし、悲しくて悲しくて泣いて、木々の間を歩いていました。
そして。ふと。
その頃お世話になっていた、沖縄のある方を思い出して、メールしてみました。
**叔母から、貴方なんかに逢いたくなかった。と言われて、びっくりしてそして悲しい。**
すると。
こうメールが返ってきました。
**大丈夫ですか? きっとそれは、叔母さんの表現方法なんです。**
悲しかったけれど、最近、叔母がいろいろ大変なのは聞いていたから、返信のメールをもらって、少しずつ落ち着いてきました。
大好きな神社の散策も良かったのかもしれません。
人はそれぞれ違った環境で育ちますし、それぞれ違った魂でここにやってきます。
だから、生きていると愛を中心にぶつかる事があるかもしれません。
でもそれは、お互いに愛の表現方法が違うだけなんです。
ゆるし。
すれ違いのそこに、この 許す というエネルギーを入れていくと。
こころに 愛 が再び戻ってきます。
それは、今
生きている相手とのやり取りもそうですし、光になってもう逢えない方々とも、いつでも溶け合うことができます。
許す。
許してみようかな。
そんな風に思えたら、また新しいあなたが生まれます。
ありがとうございます。
やさしい夜を。
祝福とともに。