元気にしてますか?
貴女は今どんな姿をしているのでしょうか?
貴女が自分で首を吊ってから13年経過しますね

あの頃、まだ自殺や自死というものも耳馴染みがなく誰にも話せなかった

貴女を沢山の人は忘れ、私はこのざまで、Sは精神を病んだよ

貴女はやっぱり私にはかけがえのない存在として今も記憶の中で生きている


貴女は今の世の中を見たらどう思うだろうか?

私は貴女が羨ましい

私はこんな世界を見なくて良かった貴女が羨ましい

そして、貴女が恋しいです
貴女と手を繋いで
心中する夢を見る


死の世界はどうですか?

緑色が大好きだった貴女は、きっと緑の多い場所にいるのでしょうね

猫をこよなく愛した貴女は、猫になっているような気がしてなりません


貴女に会いたいです


どこにいけば会えますか?そして私も一緒に
私を連れていって下さい


『わたしはあなたの期待にこたえるためにこの世に生まれたのではない

あなたもわたしの期待にこたえるためにこの世に生まれたのではないでしょう

あなたは、あなた

わたしは、わたし

そんな二人が偶然出会い、協力し合い、
ステキな時間が持てたらすばらしいことでしょう

出会えなければ仕方のないことでしょう』


これは、ゲシュタルトの祈りというものです。

私は、この言葉を知る前から、ずっと、こう思ってきました。
元々、育つ上で、親にしろ兄弟にしろ、友人にしろ、私は、私と、思う事が自然に行われるような立場だったんだろうと思います。

だから、周りの人たちは、私を冷たいとか、覚めていると言いました。

不良のようなことに巻き込まれなかったのは、こういう考え方が自然に身に付いていたからだろうと思います。

悪いことを断ることと、友情は別である。

それで消える友情なら、要らない。

そんな判断が解らない人が、世の中にいることを生きてると沢山見受けます。

また、悪いことではなくとも、なし崩しに、自分がイヤなのにイヤと言えず、ナァナァで丸め込まれ、結局は後悔をし、生きてる人も見受けます。


周りには多分、私が突然変異のように見えたのかもしれません。

孤独というものを好む性質である私には、理解出来ない事柄が世の中にあります。



精神的に自立している関係というものを冷たいと感じる人たちの中で今も暮らしています。
冷たいんだと誤解したまま、生涯を終える人たちもきっと沢山いるのだろうなぁと思います。


私が言うことはおかしいと言い、良いから付き合いなさいと言われて、私はクタクタになってウンザリし、絡み付くから人間はうっとおしいと感じてきました。
強要になっている事さえ、気付かない鈍感な人々。

また、お互いに好きな場所で、好きなことをしたら良いと言えば、突き放すなと、不満を唱え、ピッタリと同じ空間で同じものに対することが共有であり、それが大切だと思う人が多く、息が詰まりそうになったこともあります。

私がどこかで好きなことをして帰り、幸せな時間を語ると、自分がいないところで楽しむ私が許せないのか、お互いに行かないことが気に食わないのか、変な言いがかりをつけ、奇妙な嫉妬をされたことさえあります。
結局、相手がただ個人的に不幸だから、他者の幸せを受け入れることが出来ないだけのことを、私がよそに自由に行き、好き勝手にしたせいだと言いがかりをつけたいだけなのです。


自分の本心を見失い、人は他者を無意識に傷付けます。

私は、私が楽しむこと
あなたは、あなたが楽しむこと
それをそれぞれの場所で、行うことの幸せよりも
人から一人だと思われることがイヤだとか、一人は、寂しいからイヤだとか、楽しむこととは関係ないことにばかり注目し、そこを満たすがために、他人を巻き込んでいくのでした。



私はこういうものに、本当に疲れて
私が異常であって、周りが正常なのか…

私のように、他人から解放されたいと思い、携帯さえ持ち歩かないのは、なにかしらの精神的疾患なのか?

さみしいとか、孤独が、そんなに他者まで引っぱりまわすほどに、まるで命取りになるほどに、重大な事なのか?


他者を不愉快にしてまでも、自分が孤独じゃない満足感は上回るものなのか?


そもそも私以外は、他人から解放されたいと誰も思っていないのか?


と、悩んでいた時に、ゲシュタルトの祈りを心理学で知って、救われた想いで一杯でした。


そして、やっぱり私は間違えていないんだと、相変わらず今もゲシュタルトの祈りを読み返して確認するのです。

奇妙な依存関係が成り立ち、ウンザリし、磨り減る人々が一人でも解放されますように…

…あなたは、何も間違えてなどいませんよ…


そう
過去の小さな自分に、気のきいた大人が言ってくれたら、どれだけ傷付かずに済んだろうか…
気のきいた知恵のある大人など周りに居なかった私は、自分で本を読み、調べるようになっていった小さな岐路に繋がるエピソードでした。


感覚とか価値観?みたいなのって、他人に相談してどうなるもんでもないよね(笑)

私は、好き勝手に出来てるから、奥さんたちの根本的にある不自由さがわからんしね(笑)

奥さんに成りたくてなったようで、本当は違うかった!って、本心に気づいたり複雑なんだろうね

ある自分の無意識にある本心を投影してただけだった!って、ハッと気づいたり…


ただ、自分の人生なのに、人生を好きだって言えないような原因が
たかだか金銭とか、夫とかで
人生が嫌!私の人生嫌!大嫌い!
…だなんて、思ってもらいたくないなぁとは思う

お互いに、相手の生き方を尊重できるような余裕がないようになっちゃってる


『これがこの人の生き方』っていう見方が出来なくなっちゃう時がピンチな時


それがわからない時
盲目になっちゃってる時



私さぁ、はっきり言って、誰かが自分のせいで、結果が不幸になっても、自分の生き方を、犠牲にだなんてしたくないんだよね

『自分が勝手なことをするのに、相手を巻き込むことが嫌なら、私は、自分の人生をとる』

『出来ないことなんかない・しちゃいけないことなんかない・それが本当に自分が望んでることなら』

『自分の人生を好きでいたい・自分の人生を好きになれた私は強い・だって、私は自分の人生を大好きだから・ずっと、自分の人生を好きでいる選択をただしていくだけなんだ』


幸福は、人からもらうもんじゃない

でも、人って、どっかに、誰かが、〔私〕の〔幸福〕を持ってるように、勘違いして生きてるとこがあるよね


それが、自分の魂まで理解して、自然に水飲むように、染み込むまで
沢山さまよって、考えたらいいんだって思う



他人に聞いてわかることではなく、自分に聴いて初めて解ることだって、気づくまで

気付くとね、まだまだ気付きが浅い私だけど
私みたいに条件がなんにもなくても
『何かが欲しいとか、何かが足りないとか、思わないくらいに幸せ』だと解るようになるはずなんだけどね

全部、もう持ってたって理解できるはずなんだけどねニコニコ

説明して、理論的に物理的に、納得を煽るようなもんじゃないんだけど

2012年は、そんなことが多かった

『自分を好きでいたい』

『自分の人生を好きだと死ぬまで思える自分でいたい』

『自分の人生好きになれるって、一番幸福なこと』

そういう価値観の人間だから、生きにくかったり、色々するけどさ(笑)

そんな自分が、やっぱり好きなんだよねにひひ
私は、そういう意味で私に恋をしている(笑)
それは、幻の、自分なのかもしれないけどね…


自分の人生が好きじゃない人と、一緒にいる悲しみから目をそらしてる
ごまかしてる

それは、とても、淋しいことだよね

それが、本質的な孤独だったり、孤立なんじゃないかなって私は思う

淋しいとか、孤独だとか、そう感じる根っこは、自分の生き方はこんなはずじゃなかったって言う本音があるからじゃないの?って
生きてたら気付くものね


誰かと共同で何か出来ないことが『淋しい』わけでも独りだから『孤立』なわけでもない
自分の人生を、自分が否定していることが『淋しい』だし『独り』なんだって思う
自分が自分の人生を肯定せず、自分を責めてばっかりで味方をしてないんだから、それは、淋しいよね

それは、ただ、自分への期待値が高い設定になってる自分に気づけば解決する位の問題で、大したことじゃないのにさ

期待値を、設定変更したらいいだけだ

自分を見てるようで、本当は見れていないんだよね



『ここに居る自分が好き』
『自分の人生が好き』
胸を張って、そう言い張れる人でいて欲しい

それが、前提の生き方をして欲しい


そう、世界中の人に叫びたい年末…


することは、自分を嘆くことより、期待値の設定値の確認だよ

自分を見てみよう

その設定値を誰が設定してるの?
自分だけが、そう思い込んで、設定値を優先にして自分自身をないがしろにしてるんじゃないの?
って、自分に、尋ねて、確認して、誰よりも自分にマメでいようよ

『○○のせいで』なんて、犠牲者面しないでさ

それは、○○のせいじゃない場合が多々あるよ

そうする選択をした原因が自分にもあった共同の出来事からの結果だよ

『どうせ私が我慢すればいいんでしょ!』
そんなんされて、周りが有り難がるとでも思い上がってるの?
自分にのぼせあがった設定値を設定してるだけじゃないの?

不幸面しないでよ

周りは、責められてるみたいで、自分の人生大切にしてない人といると、不快なんだよ
誰も幸せになんか出来ない
自分さえ幸せになれてない
悪くもないのに、周りが『私のせいで我慢してるんだ』って、萎縮させるだけだよ


どうなるか、先が解る部分で人生嫌いになりそうなことが解ってるなら、今をどうするか、考えよう

自分の人生を好きでいる選択をしよう



とっても、シンプルだね