前回書いた「医療現場」ってやつですが、私の母親のことなんですねー。
私が、幼稚園に通いだしたころから母は、医療現場に再び復帰をして、家のこと、子どものこと、おバカな父親のことを一気に見ていたんだと思うと、本当に偉大な人であったことに気付かされたんです。
正直、今日まで何度母に対し暴言を吐いたか、そして、何度むかついた事か数えられないくらいあります。
だって、半端ないくらい口うるさいんですもん(笑)自分も幼ければ反抗もしたくなりますよ。
けど…
今思えば、そのたびに傷つけていたんだろうなーって空しい気持ちになります。
母強し。
でも弱くなる時もあるわけです。突然泣きわめいたり、ものすごく機嫌が悪かったり…そんな時力になってあげたいですね。
そんな母が、先日泣きそうな顔で帰宅してきてどうしたかと思えば、職場の人が突然倒れたと。
母は看護婦ですし、最初に症状見てヘルプを呼んだ張本人だったせいもあり、だいぶ自分を責めていてこちらまで涙が出そうなくらい悲しい話でした。
意識は戻らないし、戻ったとしてもおそらく障害が残るだろうと予想はできるし…
そんな時、延命治療が果たして本当に必要なものなのか少なくとも母も考えていたと思います。
けれど、やはり大切な人には生きてほしいと思うものですよね。千羽鶴を折っていたそうです。
そして、昨日、お別れのときが来ました。
その方は、これ以上生きることができない、楽になりたいと思ったのでしょう。
死に顔で、その人がどんな風に死んだのかわかるそうです。死後硬直はあっという間なので。
だから、苦しければ歯を食いしばった表情になる。大切な人には、そんな表情で死なせたくないものです。
母は、お通夜から帰宅し、泣きはらした表情でありながらも、死者を送り出す姿勢になっていて、精神的に本当に強いな、と思いました。心から尊敬します。
私は、まだ大切な人を失ったことがなく人の「死」をきちんと受け止めたことがないから
”いい顔で眠っている”とか“安らかな顔をしている”という表現は受け止めがたい。
けれど、今回の出来事をきっかけに死を迎えることを、ただ単にマイナスな気持ちだけでなく前向きな気持ちで受け止めなければならないことを学ぶことができたような気がしました。