何回考えても難解なベランダ転落死事件について。この事件に限らず、クロロホルム事件や灰皿事件も実行行為の分析の仕方が鍵ですよね。

◆実行行為後、一般的に殺害行為とはいえない行為により死亡結果が生じた場合の殺人既遂罪の肯否(ベランダ転落事件)

1 実行行為の認定

  本件における実行行為のとらえ方としては、α刺殺行為(①)のみを実行行為ととらえる、β掴まえようとする行為(②)のみを実行行為ととらえる、γ一連の行為(①+②)を1個の実行行為ととらえる、という3つが考えられる。

  このうち、本判決(東京高裁平成13220日)は、Xの故意の具体的内容の変化は認めつつも殺意としては同一であり、また、両行為の時間的近接性、刺殺行為からのAの逃走行為の必然性、ガス中毒死させるために掴まえようとする行為の不可欠性から、γ一連の行為を1個の実行行為ととらえている。

  これに対しては、両行為は自然的観察によればやはり2個の行為とみるべきとの批判が強い。

 

2 刺殺行為(①)と掴まえようとする行為(②)とを別個にとらえた場合の問題

(1)   α刺殺行為(①)のみを実行行為ととらえた場合

この場合には、刺殺行為後の事情は、実行行為後の被害者の逃走行為と行為者の

行為という介在事情となり、因果関係(ないしその錯誤)が問題となる。

     そして、因果関係の錯誤に関する従来の通説的見解は、行為者の予見した因果関係と現実の因果経過とが相当因果関係の範囲内で符合していれば、因果関係の錯誤は重要ではなく、第一行為の故意が結果に及ぶとする(近時は、因果関係の錯誤を別個に論じる必要はなく、相当因果関係の判断のみで足りるとする見解も有力である)。

     もっとも、これに対しては、本件では、第一行為は刺殺行為であり、結果は転落死であることから、第一行為と結果との間に相当因果関係はないとみるべきではないかという批判が存する。

 

(2)   β掴まえようとする行為(②)のみを実行行為ととらえた場合

この場合には、掴まえようとする行為は刺殺行為による殺人未遂とは別個の行為として、同行為自体が殺人罪の実行行為といえるかが問題となる。つまり、掴まえようとする行為はAをガス中毒死させる意図で行なわれたものであり、Aの転落死は、Xの予定した殺害方法でないことから、いわゆる早すぎた構成要件の実現の問題が生じる。

早すぎた構成要件の実現の場合には、一般に、当初予定していた行為の前段階の行為の時点で有していた主観面を当該構成要件の故意と認定できない以上、既遂結果の罪責を負わせることはできないとされている。

本件においても、掴みかかった時点では殺す気はなかったとの認定を前提とすれば、殺人の実行行為の認識を欠き、暴行の故意のみが認定され、傷害致死罪とすべきであったことになろう。

もっとも、最終行為と前段階の行為が接着し密接に関連するものであれば、前段階の行為時に、一連の実行行為の認識が認められ故意既遂犯が成立し得るとの見解もみられる。

このような見解によれば、本件でも、ガス中毒死と掴まえようとする行為とは接着し密接に関連するものとみることにより、掴みかかった時点で一連の殺害行為の認識が認められ、Xを殺人既遂罪とすることが可能となる。