人は多かれ少なかれ

自分について考え

自分の事を問題視したり、

 

 

 

以前の出来事を反省したり、振り返って、
忘れるべき事、大切にすべき事、

問題視すべき事、正すべき事だと
考えで取り上げ、

解決しようと

どうにかしよう

何とかしようと奮闘しています。

 

 

 

 

 

 

 

人間のほとんどは大抵、
自分の心身の様子や
起きた出来事について、

 

 

 

正しい、間違い、

好き、嫌い、

良い、悪い、

 

 

 

と反省し、
振り返り問題にして、
考えで取り上げ、

実体のない想念を膨らませて、
ぐるぐるした想念から生み出された

作為された感情に支配され、

継続的に感情が続いてしまっています。

 

 

 

 

 

 

以前のその瞬間の今の出来事も、

その時の自分も、

その時見えていたもの
聞こえていたもの、

嗅いでいたもの、

味わっていたもの、

感じていたこと、

触れていたもの、

思っていたこと、

考えていたこと、

 

 

 

何もかもすべて

綺麗さっぱり

残り物はいっさいなく

風のように跡形もなく流れ去っているのですが、

 

 

 

 

 

後追いの認識で

自分を中心に据え、

思いの中に入り込み、

 

 

 

考え方で扱い、

 

 

 

自分について反省したり、

出来事を振り返ったりする癖が

あるために、

 

 

 

 

無意識に想念を膨らませていて、

想念から作為された感情に

継続的に支配されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世間の人々は、

膨らんだ想念の自分勝手な解釈から
作為されている感情の事を

 

 

 

 

 

「昇華・解放されていない、未消化の感情が残っている」

 

 

 

 

 

 

と、誤認識しています。

 

 

 

 

 

何度も話しているように、
以前のその瞬間の今に

感じていたものは、

たとえ

感情を抑圧する癖があったとしても、

いっさい残ってはいなく、

 

 

 

 

 

生じては滅していて、

常に新しい今が生じていて、

時間の概念による

物事の連続性は、

記憶の認識が見せる幻想であって、

現実の事実として

物事は連続しておりません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分について考え、

自分の事を問題視したり、

 

 

 

以前の出来事を反省したり、振り返って、
忘れるべき事、大切にすべき事、

問題視すべき事、正すべき事だと
考えで取り上げ、

無意識に膨らませてしまっている想念と

想念から生み出されている作為された感情を

解消するにはどうしたら良いのかと云うと、

 

 

 

 

 

世間に出回っていない

お釈迦さんの真の如来坐禅の実践にて、

 

 

 

自分を中心に据え、

後追いで考え方で問題だとして取り上げ、
反省して、振り返って、

すでに過ぎ去って跡形がないものに

思いを巡らす癖を解消する事の他に、

 

 

 

 

お釈迦さんの真の如来坐禅の実践を

正しく出来ないのならば、

想念の物語から作為されている感情を

ジャーナリングの冒頭でやる手法にて解消します。

 

 

 

 

 

 

 

スケッチブックや紙に

感情を表現していくのです。

 

 

 

 

 

感情を言葉や文字にする必要はありません。

 

 

 

 


イライラしているのならば、

 

 

 

 

怒りならば、

 

 

 

 

生きづらい重たい感じならば、

 

 

 

 

どんより暗い気持ち、

 

 

 

不安感

 

 

 

焦燥感



不快感

 

 

 

もやもやした感覚

 

 

 

落ち込んだ感覚ならば、

 

 

 

下記のような、色付きじゃなくても良いので

抽象的に感情や感覚を何も考えず

ただ表現してみてください。

 

 


 

 

 

 

嬉しい

 

 

 

楽しい

 

 

 

大好き

 

 

 

 

幸せ

 

 

 

愛おしい

 

 

 

も、その時感じているのならば、

ハートマークや(^^♪など、

絵でなくとも、

抽象的で良いので

下記のように感情や感覚を表現してみてください。

 

 

 

 

 

実体のない想念から生み出された感情や

感覚を抽象的に表現していると、

自然と気づいたら、

感情がしぼんでくるのが自覚されます。

 

 

 

 

感情がしぼんでくると、

無意識に膨らましていた

自分の事や出来事を問題視していた想念も、
事実ではない物語を作為する事が出来ずに

自然としぼんで行き、

自然と落ち着いてきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世間の人々のほとんどは、

実体のない想念を

無意識に膨らまし、

想念から生み出された感情に支配されていて、

 

 

 

 

無意識な後追いの思い方によって、

自縄自縛で

自分自身で念を作為し、肥大化した念に潰され、

生・老・病・死の事を思い患い悩み、

迷妄苦悩しています。




それらを根本からの解消が出来る事を

指し示したのが

ブッダに他ならず、

 

 

 

 

ですが、

その正しい実践は

世間には出回っていないのです。