新潟での5年間に、まもなく終わりを迎えようとしています。

うわーほんとに辛いな。

昨日までまったく実感ありませんでした。たまに、これでもう最後かもしれない。そう思うと自然と涙がこぼれることもありました。でも次の日になれば、また帰るのは嘘なんじゃないかなと思ったりしました。

数えきれないほどの人とすれ違い、数えきれないほど人と出会い、数えきれないほど感謝をし、僕はこの地で成長してきました。いやさせていただきました。

今、新潟を踏みしめようと外を一歩一歩踏み締めて街を練り歩いているわけなのですが、思い出っていっぱいな訳で、趣深い心境です。

新潟では数々の恩師と巡り合わせがあり、数々の仲間と時間を共にし、俺のことを愛してくれた人がいて、多くの別れもありました。

当たり前のこと、今いる人といつまでも、そんなこと願いながらも叶わないこともありました。

みんなも、今が、当たり前で、続いていくと思わないで下さい。今日は今日しかなくて、明日は明日しかない。当たり前のことですが、今隣にいる人とは二度と会えないかもしれない。明日は会えるかもしれないけど、明後日には会えないかもしれない。

そう言うことの繰り返しが人生なんだなと、また明日!そう告げて、二度と会えない人もいます。

今を、目の前を大切にして下さい。



新潟での最高の出会いはメイド喫茶after school cafeに出会えた事なのかなと、思います。

ほんとに幸せな時間をありがとうございます。

最高の仲間たちを与えて下さってありがとうございます。

素敵な音楽に触れ合えてほんとにありがとうございます。

大好きです。愛してます。そんな言葉じゃなくて、もっともっとこの好意を、誠意を、熱情を、伝えたい。

なんというのが正解なのか?もしかしたら正解などないのかもしれません。

僕の少ない語彙力では絶対伝えれないなと思います。


なので、都合の言い様に入れて下さい!

ゆうへい「 」

ありがとうございます。
そして、これからもよろしくお願いします。

新潟の皆様編でした。

次はあふすくの皆様編
書いて行こうかしら!


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続きでございます。

一部固有名詞を使わせていただきますが、嫌ならすぐ教えてください。


あなたは覚えていますか?僕が仲間になる切っ掛けをくれたのは、もろさんなんです。

ある日曜よくわらないけど恐らく常連であろう方々のばか騒ぎ、乗るに乗れない常連たちの空気感、そんなのに圧倒されながら端でひっそりしている僕に声をかけてくれました。

のあちゃんとあっち向いてほいをやっていて、会うたびにやっていて、何回か勝つとなんかくれると言ったふわっとした企画やってましたね(笑)

そんでもろさんと話をさせてもらってからきさくに声を掛けてくれたのがオーナーのたかぷさん。

だれよりもしょうもないだじゃれを言い放ちながらも、だれよりも責任のある立場にいながら、そんなたかぷさんにみんなとの輪を広げていただきました。

サイゼリアで、らんわんで、ラーメンで。

色々な機会に呼んでいただきました。


そんななか出会ったなかで一番初めに仲良くなったのはむーたんでした。
初めて話したメイドさんはさくらさんだったのが効いたのむーたんのさくらさんに対してのグイグイ具合に気圧されながらも、ペルソナな色々な話をしていくなかで、変なとこもあるなとすごい思いましたが、一緒にいて心地よかった。空気読めないなって思うこともあったけど、そこに助けられたり、それでいても良い関係を築けたことはほんとにむーたん居て良かったなと思います。他にも色々立役者なんですがそれはのちほど(笑)

むーたんの次に仲良くなったのは阿部のしんごさんです。その頃真っ赤な太陽にて仕事していて、休憩にアフスクにいく俺とよく鉢合わせ、同じ飲食店という業種により話を親睦を深めて参りました。そして、まこちゃん、お兄ちゃんよりも一般常識と言うか周りに礼儀や義理を重んじていながら、馬鹿やるの大好きで、一緒にキャバくらに行ったり、居酒屋にいったり、ボーリング行ったり、多くの楽しい時間過ごしてきました。

今でもまっしーとの出会いは衝撃的だったのは言うまでもなし(笑)

そしてしんや、色々ありましたが俺はしんやは阿部家で遊ぶ時間に毎日いたような(笑)
学生で常識知らずで、アフスクしか知らないようなしんやがまた可愛くて面白くて、まだまだこれから色々経験していく事が羨ましく、素晴らしいことだと思います。


その辺りから仲良く成り出したスケッチ。
初めの内は金銭面やアフスクでのお山の大将感だったり、女の子たちの文句だったりで、めんどくさい、いけすかない奴だと思っていました。
俺の性格上、変なことは変と言ってしまうたちなので、何回も、何度も何度もぶつかりました。正直一番喧嘩だったり俺から一方的にだったり色々言ったと思います。
でもその分スケッチの気持ちだったり心意気だったり、理解、共感し、今の関係築けたと思います。【今でもおかしいだろ!】って言うことはありますが、それが俺たち関係で、俺とスケッチの最良の関係に近いものだと思います。誰も言わないような事、スケッチに気をつかってみんなが言ってるようなこと、それを俺が言ったり、違った角度からの意見を言う。みんなと普段話にならないような角度から議題を持ち出して、考えていく。
そんな遠慮のない相談、指摘が出来る関係だと思っています。

そしてけんさん。
渋い大人、尊敬=けんさん、どんな話をしても真面目に、大切に聞いてくれました。
こんなにまだまだ仲良くなりたい、もっと話をしたいと思っていたの移動と言うことになりました。今でもけんさんとの関係をもっともっと深めれなかった事は悔いが残るとこです。

名前を聞きたくない人もいるかもしれませんが、俺は浅野を生涯の友と、言っても過言ではないです。
確かにに色々やったかもしれません。全部を聞いたわけじゃないかもしれないけど、肩を持つとかじゃなく。あいつが一番平和なアフスクを、常連、新規とか垣根なしにみんなで楽しい場所を作りたいと言ってたのを俺は知っています。
俺=鈍器、浅野=スポンジで言葉が違うけど相手を諭すために力を尽くしていたし。
【他の人たちが全員見放したのに、最後まで浅野だけが信じて力になろうとして今でもアフスクにいる人がいる事実。】
【どの派閥に対しても、自分の意をうまく組み込み、仲を取り持とうとした浅野がいた事を。】
俺は誰より近い位置で浅野がやって来たことを見て聞いてきたつもりです。
唯一ぶつかり合った覚えがないのは浅野だけです。
【許さない事もしたと思います。】
【勘違いさせる言動や、不快な思いにさせる言動】もあったりしたと思います。あいつも人間なんで色々な面があると思いますが、全てを見てきた上で浅野は仲間です。
そんな浅野に会わせてくれたのはむーたんでした。だからほんとに感謝してもしきれません。

北海道と兵庫、物理的な距離はすごいですが、また笑って絶対酒を飲める、遊べる日が来るのでその時までは死なないように。

とらさん、いつから一緒にいただろな?
なんかほんとに自然に一緒にいた気がする(笑)
だじゃれとか、のろけとか、めんどくさいとこ一杯あったけど、俺はそんなとらさんとの時間大好きやで。
多分ほかの人が同じことしてたらもっと突っ込んだと思うけど、とらさんだからの放置プレイ(笑)
そんなこんなが面白い時間(笑)
語り尽くせないな!
またほんとにゆっくり時間使ってな(*´ω`*)


ここでは語れていない人もいます。
大好きな大切な仲間がいっぱいいっぱい出来ました。

そんな仲間のみんなと過ごせる時間に限りがあることはもう覆せない事実です。

これからはみんなと過ごす一分が、一秒が本当に大切です。
こんな僕ですが大切な思い出にしたいです。もっとばかがしたいです。 お付き合いいただけたら、仲良くしてくれれば幸いです。

改めてよろしくお願いします。


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拝啓、
皆さまこの寒い時期いかがお過ごしでしょうか?

僕は、風邪をこじらせています。

今回、私事ではございますが近々実家の兵庫に戻る事の運びとなった次第でございます。

既に承知の方々もいらっしゃるとは思いますが、改めて自分より報告を差し上げたいと思ったので筆を取らしてしただきました。

思い出せば4年の月日が立ちました。

4年前の3月猛吹雪の中この地、新潟に引っ越してきました。新潟医療福祉大学にて義肢の学業のためという確かな目的をもち、不安に、夢に、胸を踊らせながら始めた独り暮らしは快調な滑り出しでした。

仲間もすぐでき、ルームシェアをするまでに至った仲間も、彼女も出来て、大切にしてるつもりで、傷つけたこともありました。

バイトを始め、そこで出来た仲間とも何度も酒を酌み交わし、深めた絆があったことを今でも記憶に鮮明に焼き付いております。

一時は道を踏み外し、それでも仲間でいてくれるやつらもいました。もちろん離れて行った人も数多く、学業の道も諦めざる終えない状況でした。


仲間も激減し、それでも仲間でいてくれる人をみて、本当の仲間の意味、人を簡単に信じてはいけないこと、信じるとはどういうことか、何が大切で一緒にいたのか、書ききれないほど多くのものを気持ちを失い、数多くのものを学ばしていただきました。

親からの催促を受けても実家に戻らなかったのは一種の意地で新潟に残りました。

普段僕自身、不満、疲労、苦労の類いは他人には漏らさないよう努めております。なぜなら僕はその場の空気、楽しい時間の共有を重んじる節があるためです。

そんな僕も、何度も挫折や、後悔もし、新潟にいることを悔やんだときもありました。

並みの23の方々に比べて波乱万丈、なかなかここまで人生の濃度が高いものいないと思います。

その結果、精神年齢的なものだったり、周りからの評価は30代を越える声もちらほら、ただまだまだ子供で、やはり出会いは最高の奇跡で、別れもしかり、色々な物事、出来事が今の僕を構成しております。

思えば約2年前の3月人生で初めてメイド喫茶と言うものを訪れました。
元々はただの罰ゲームで訪れました。
正直、あまり面白いと思うことはなく、会話もあまりすることなく退店させていただきました。

その一月後、その時の職場が近くにあり、休憩時間に2時間もやることがなく暇をしているときにafterschoolcafeさんに再来店させていただき、ヲタ芸なるものをやっているお客様がいらっしゃり、ドン引きしたこと、小馬鹿にするように面白がって行く回数が増えていたと思います。

今までアニメの類いオタク文化と言うものに一切の興味持ったことのなかった私にはとても新鮮なものでした。

とても失礼な人間だと思います。
ここで嫌われることもあると思います。
しかし、僕は嘘をつきたくはありません。
隠し事もしたくはありません。
自分勝手ではございますが、理解いただければ幸いです。

なぜそこまで思い今告白させていただくのかわ、こんなに大切な人たちに嘘など僕がこの世の中で一番嫌いなものを使いたくないからです。

その時はこの人たちがこんなに大切な人たちになるとは思いませんでした。

アフスクで出来た仲間は地元の仲間と同じくらい大切な仲間です。

長くなってきましたし、話が少しばかり変わっていきますのでもうひとつかかせてもらいます。




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