ケラス率いるアンサンブル・レゾナンツを聴く。
ベルク:抒情組曲(弦楽合奏版/全6楽章 作曲者編:第2,3,4楽章、ファーベイ編:第1,5,6楽章)
シェーンベルク:浄夜 op.4(弦楽合奏版)
ジャン=ギアン・ケラス(チェロ)
アンサンブル・レゾナンツ
録音:2013年6月、9月、ハンブルク、フリードリヒ・エーベルトハレ
胸打たれる。
私自身は、結局、こんな風な極めて私的な、それは心の高まりであったり、その揺れであったり、そんなものの表現が、自分の中の何かと同期したときに、やはり、感動を覚える。
大きな物語というものや、大義や、正義や、そういったものをどこか疑っている。
それは私自身の了見の狭さであるのだけれど、けれど、胸に落ちないものは仕方ない。
けれど、こと、こういった文化というものは、その個というものが生み出すものであり-それが個人であれ、その集合体であれ-、そこに強さというものや想いというものがない限り、その個々人の中には響いてこないのではないかと思っている。
そんな意味では、そこに「物語」といった意匠は必要がなく、せいぜい不倫であったり、男女の語らいであったり、そんな修辞の欠片があればよい。
この新ウィーン学派の連中が生み出す音楽というものは、そこに革新もあり、野心もあっただろうけれど、だけれど、やはり一番そこに強く感じるのは音楽というものの悦楽である。
それは例えば、ヨハン・シュトラウスのワルツを編曲したものなどを聴くと、そんな想いがなお一層強くなる。
ヨハン・シュトラウスのワルツを編曲したもの。
そんな悦楽というものをたっぷりと表現するために、無調音楽や十二音技法といったものを織り込んでいった。その音楽的な情熱といったもの、そこに惹かれるのだ。
そして、その生み出す動機としての、私的な想い。
そんな親密性といったものを感じさせられたとき、私の胸は焦がされる。
まさに、今回のアンサンブル・レゾナンツの演奏は、そんな演奏。
濃厚で、そして、美しい。
一つ一つの響きというものが私を包み込み、締め付ける。官能とはまさにこんな状態。
痺れる。吐息。
ベルク:抒情組曲(弦楽合奏版/全6楽章 作曲者編:第2,3,4楽章、ファーベイ編:第1,5,6楽章)
シェーンベルク:浄夜 op.4(弦楽合奏版)
ジャン=ギアン・ケラス(チェロ)
アンサンブル・レゾナンツ
録音:2013年6月、9月、ハンブルク、フリードリヒ・エーベルトハレ
胸打たれる。
私自身は、結局、こんな風な極めて私的な、それは心の高まりであったり、その揺れであったり、そんなものの表現が、自分の中の何かと同期したときに、やはり、感動を覚える。
大きな物語というものや、大義や、正義や、そういったものをどこか疑っている。
それは私自身の了見の狭さであるのだけれど、けれど、胸に落ちないものは仕方ない。
けれど、こと、こういった文化というものは、その個というものが生み出すものであり-それが個人であれ、その集合体であれ-、そこに強さというものや想いというものがない限り、その個々人の中には響いてこないのではないかと思っている。
そんな意味では、そこに「物語」といった意匠は必要がなく、せいぜい不倫であったり、男女の語らいであったり、そんな修辞の欠片があればよい。
この新ウィーン学派の連中が生み出す音楽というものは、そこに革新もあり、野心もあっただろうけれど、だけれど、やはり一番そこに強く感じるのは音楽というものの悦楽である。
それは例えば、ヨハン・シュトラウスのワルツを編曲したものなどを聴くと、そんな想いがなお一層強くなる。
ヨハン・シュトラウスのワルツを編曲したもの。
そんな悦楽というものをたっぷりと表現するために、無調音楽や十二音技法といったものを織り込んでいった。その音楽的な情熱といったもの、そこに惹かれるのだ。
そして、その生み出す動機としての、私的な想い。
そんな親密性といったものを感じさせられたとき、私の胸は焦がされる。
まさに、今回のアンサンブル・レゾナンツの演奏は、そんな演奏。
濃厚で、そして、美しい。
一つ一つの響きというものが私を包み込み、締め付ける。官能とはまさにこんな状態。
痺れる。吐息。