みずたまりを飛び越えて

みずたまりを飛び越えて

看護師2年めになりました。適応障害。リストカットしてます、10年くらい。精神科通院中。仕事のこと、こころのこと、恋愛のこと...

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誰にあてるでもなく、気まぐれで書いてます。
感じたことを、記録として。

久しぶりに椎名林檎の17を聴いて
高校時代のことを思い出したの。

それで、接触恐怖のことを書きたくなった。
わたしは人から触れられることが
極端に苦手、恐怖を感じてた。

原因はわからない。
小学生の頃からのいじめのせいなのか
あまりにも人という存在を拒絶したからなのか
母親に嫌悪感を抱きすぎていたからなのか
リストカットを隠すために距離を取りすぎていたからなのか

気が付けばわたしは
人に触れられることが不快で仕方がなくなっていて。
触れられてしまえば
身体が震えて涙が出るようになってしまっていて。
どうしても接触しなければならないときは
苦しくて震えてどうしようもなくて。

家族も友達も、付き合っていた彼もだめで。
特に男性とは距離が近いだけで恐怖で。

1番接触恐怖がひどかったのは高校時代。
席替えのたびにこわくて泣いて
英語の授業で男の子とペアにならないように
友達がうまく席を調整してくれて
担任は見て見ぬ振りをしてくれた。
修学旅行でパニックになり
部屋から出れなくなって
親友や担任に迷惑をかけてしまったり
体育の授業では手を繋ぐダンスが出来なくて
膝を抱えてうずくまっていたり
握手が出来ないことを怪訝な目でみられたり

大学生になってからも
男の先輩との距離が近くて泣いたり
部活では手を繋ぐスクワットを女の人と出来るように調整してくださったり
飲み会で酔っ払った先輩がわたしにくっつかないように
いろんな先輩が気を配ってくださったり、
バイトではお客さんに触れられて
震えて仕事が出来なくなってしまったり
手を真っ赤になるまで洗ったり

看護の演習は患者役をなるべくやらないように
グループは接触恐怖を知っている友達になるように
先生にも友達にも助けてもらって
(触るのはまだ大丈夫、触られる患者役が難しい)
それでも演習がこわくてこわくて
泣いてしまったこともあった
大丈夫だから、あおいはがんばってるから
って何度励ましてもらったことか

尊敬する先生の著書のサイン会で
みんなが握手していくなかで
ひとりだけ手を出せなかったこともあったし

たくさんの人に配慮してもらって
支えられて
たくさんたくさん震えてうずくまって涙して

いつしか震えも涙もなくなった。
気が付けばわたしの周りには
大切な人がたくさんいて。
からだにまとわりついていた膜がひとつ
なくなったような感覚で。

不快な気持ちは ゼロではないけれど。
いまでも
肩をもむのは旦那しかだめだし
握手はできるなら避けたい。

けど、不意に触れられてしまっても
心臓がばくばくするだけで
なんとかやり過ごせるようになった。

高校生の頃は
接触恐怖があって看護師になれるのか
悩んで苦しんでたけれど
17の自分に言ってあげたい
なんとかなるよ、って。

愛おしい人に触れられることで
安心出来ることもあるんだよ、って。