年老いた私と夫を残して・・・。
寒い日の朝、息子の学生時代からの友人から電話があった。
会う約束をした息子と連絡がつかないと・・・数回自宅にも訪問したが、出てこないと・・・携帯電話を鳴らすが、自宅で着信音が聞こえると・・・。
迷いもなく、私は嫁に連絡を入れた。
『あの人、お義母さんに何もお話ししてないのですか?』
開口一番に言われた。
私達夫婦への生存確認の為に、月に一度だけ息子は私に電話やメールをくれていた。
それも、一月近くまえの事。
『私達、離婚しました。
お義母さん達には、あの人から説明すると言っていたので、私からは連絡しなくていいと言われていたので・・・。』
以前にも増して、他人行儀に話す嫁。
仕方なく、嫁に息子と連絡をつかない事を話すと
『カギをお渡しします。』
その一言で、会話を終えた。
夫に、話をすると
『どうせ、酒で酔い潰れているんだろう。』
と、結局私1人で息子の自宅を訪れる事になった。
嫁の実家へ、孫が喜びそうなお菓子を買い向かった。
嫁の実家へ着き、インターホンを押すと嫁がでてきた。
お菓子を渡すと
『これです。』
と、一言。
挨拶と、手土産のやり取りをすますと
『詳しくは、あの人に聞いてください。
もう、私達は他人ですから。』
嫁の両親への挨拶と孫の顔を見せて欲しいと言ったが、会わせてもらえず、早くいなくなれと目が訴えていた。
私は、足早に去る事しかできなかった。
息子の自宅前に着いた。
携帯電話を鳴らしてみたが、玄関の近くに携帯電話が置いてあるようで、着信音がするだけだった。
今までこんな事はなかった。
胸騒ぎをしながら、玄関の鍵を開けた。
西日が窓から入り込み、夕方だがまだ明るい。
名前を呼んだが応答なし。
数日間、自宅を留守にした空気が流れているのを感じた。
ゆっくり、ゆっくりと一歩ずつ進んで行く私。
リビングに行くとカーテンが閉まっている。
照明をつけると、大量のアルコールだと思われる瓶や缶が無造作におかれていた。
そこに息子はいなかった。
以前、訪問した時の記憶をたどり寝室へと向かった。
ノックをしたが、応答はなかった。
声をかけながら部屋を開けると、ベッドの上に息子が横たわっていた。
震えながら、息子の名前を何度も呼んだ。
涙もでていたと思う。
もう、息をしていないとわかっていた。
涙が枯れた頃、夫に連絡をした。
私が、嗚咽しか発する事しかできない事で、重大な事が起きているんだろうと察してくれた。
救急隊や警察と、見たことない光景が目の前で通りすぎて行く。
嫁も、警察からの連絡で駆けつけた。
自宅での不審死という事で、息子の遺体は解剖された。
死因は、急性アルコール中毒。
大量のアルコール摂取が原因だったようだ。
三日前の明け方ではないかと推測。
嫁と嫁の両親、私達夫婦で話し合いが始まった。
『あの人、浮気していたんです。
ただの浮気なら、私も一度位なら耐えようと思いました。
でも、一月まえに浮気相手が子供を産んでいました。
双子を・・・。
勝手に、認知までしていました。
私に相談もなく・・・もう、私の好きにしていいと言われたので、一週間まえに離婚してもらいました。お義母さん達には、自分から話すから心配しなくていいと・・・一人でいいづらいから、きっと誰かに付き添ってもらい、ご実家へ行こうとされたのではないのでしょうか?』
嫁が淡々と話す姿を見て、私は涙すらでてこなかった。
身からでた錆なのでしょうか?
息子が選んだ人生なんだから・・・と簡単に思う事ができなかった。
誰も責める事ができなかった。
嫁の母は、自身の娘が話しているのを見つめながら涙を流していた。
その涙は、誰に向けられているの?
不幸な立場に立たされた娘へ?
若くして、自分の過ちで何もかも失ってしまった義理の息子へ?
何も知らずに、たくさんのものを失った私達夫婦への哀れみの涙?
三日後、息子の葬儀が終わった。
近親者だけで、執り行なった葬儀。
葬儀場で、元嫁と別れるさいに
『長い間、お世話になりました。
お義父さん・お義母さんとは、こんな形でお別れするとは思ってみませんでした。
子供達もたくさん可愛がっていただき、ありがとうございました。
子供達が、お二人に会いたいと言ったら、こちらから連絡をさせていただきます。
お元気でいてください。』
孫二人の手を引いた元嫁とその両親を見送りながら
『逆の立場なら』
と涙を流しながら、遠くなるまで見ていた。
あの日から、二週間がたった。
息子の遺影とお骨を眺める日々が続く。
また、明日も何も話さない息子へ私ははなしかけるであろう。