6時半、起床。ドーナツ、カフェオレ。

7時、シャワー(45度) めがねびいき>>英語リスニング

7時40分、夫と暫くの別れを惜しむ。

7時41分、出発。50分、職場到着。

8時仕事開始~30分まで、緊急的な要件。

少しスローダウンして、9時半からカンファレンス参加。

10時半~12時半、淡々と仕事。(途中、なくしたマフラーの捜索。結果、ない。)

12時半、昼食、ほっけのお弁当。

12時50分、緊急の要件を思い出し焦りつつ済ます。

13時~15時15分、淡々と物を切る作業。

疲れたので、コーヒーを飲んで休憩。

15時35分、仕事再開予定。

ちなみに、17時からカンファレンス予定。

 

 

 

友達にも、家族にも、彼氏にも詳しいことは言えないし、わかってもくれないだろう。

そして迷惑だろうから言えない。


でも、どうしても上司の死の後元気がでないし、立ち直れないのだ。

インターネットに書くようなことではないけど。

どうしてこんなに辛いのか自分でもわからない。

不快になるような内容です、たぶん。ごめんなさい。









先生みたいに、私はなれない。

私はひとから評価されたいと思ってしまうし、嫌われたくないし、お金だってほしい。

汚い人。

先生みたいに無欲で純粋に学問はできないや・・。



がんばってるけど、どうしても力不足なんです。

でも、仕事のレベルがさがるのが、嫌なんです。

でも妥協したくないんです、くやしくてたまらないんです。

先生のやってたことそのまま引き継ぎたいのにできないよ。。





先生のイメージが強すぎてラーメンがたべれなくなった。

どーしても、無理・・。これは、ちょっとくすっとするかもだけど。




先生が最後に発表したスライドと原稿をまとめる作業をするために

録音してたテープを聞くのがつらかった

1年とかたってたら肉声もなつかしいねーって笑って聞けるとおもうけど さすがに・・

嫌だ、できないといった。

そしたら、テープ聞かないでスライドだけ見てまとめてもいいからって・・。

そんな適当なことするわけにいかないよね。

テープ聞いちゃったら自分どうなる?って思ったけど

・・聞いたら意外と大丈夫だった。 けど。 もうやりたくないわー。

つらすぎた。








仕事は雑用が多いけど表面上は、むしろはりきってるくらいに見えるかもしれないけど

いつも吐きそうなくらいだし 泣いたら吐いてるみたいに涙がでる。

誰にもいえないのが辛いです。

うまく言えないしね。




最初は、常に二人でやってたとはいえ、2か月間だったし

きっと、大丈夫と思った。

悲しいのは、2人でいすぎたから・・って。

反抗もたくさんしたし。陰口だって言いました。



でも、常に先生には本音で話せてたの。

細胞見てその構造や仕組みを勉強してると幸せすぎて絶頂感を味わうことがあるのですが(笑)、

先生と一緒に幸せな時間をだいぶ過ごしました。

本当にくせになるくらい幸せな感覚でした。

アニメの世界にはついていかなかったが、

細胞の世界に私を誘ってくれて、すっかり虜になりました。


といっても、常に2人で行動せざるを得なくて、これからきっと何十年も一緒にいるのに、こんな変わったおじさん(ごめんなさい)とで、ストレスだわーって 思ってたんだ・・。





でね、いま机に遺影として飾ってある写真があって。

若いころの写真なんだよね。

それがね、若くて、やせてるんだよね。(あたりまえか)

なんか・・

先生のこと見なおしたっていうか。

青年だったんだなぁって。(?)



そして・・・



意味わかんないけど



もっと早く、それこそ10年 20年はやく会ってたらなぁ、って。



思いました。




実は運命のひとだったのかも・・なーんて。。






そのとき、今までは、身近なひとと言っても、第三者と思ってましたが、



「大事なひと」を亡くしたんだ、と感じ、また涙がでました。







それにしても、辛いわ!やっぱ!

家族や恋人をなくすと、もっともっとつらいんだろうな。

私にはそこまでは気持ちわかってあげられないかもしれないけど

どんだけの苦しみだろう。









もう、だれも死んでほしくない。










この曲がだいすきで、いつも聞いてます。

涙でます。



今ここで息をしてみる
私がここにあるように
包まれて生きてるようで
確かなものを 探すのはなぜ

足早に過ぎてく日々も
間違いではないのかな
ちぎれそうな心を背負って
それでも明日を追いかけていく

めぐり逢いの中で見つける
生きてく意味を 育ててみよう
涙は拭い去って
今 始まる (my) best of my life

幸せに浸ることさえ
なんだか怖く感じて
渇いてた心の悲鳴も
気づけないまま 犠牲にした

優しさに包まれたとき
全て美しく見えすぎるの
ただ 全力で生きてる
それだけなのに
どうして人は 後悔を重ねる・・・?

幸せを恐れることなく
誰かの胸に飛び込めたら
涙は風に舞って
愛せるような (my) best of my life

本当は誰かにすがりたくて
ただ 過ぎ去って消えてった
足跡は無駄じゃないと
確かに心の中で生きてる
そんな言葉に
抱きしめられて 眠りにつきたいの

信じながら 許し合いながら
誰かの胸に飛び込めたら
ほほえみと溶け合って
あふれるような (my) best of my life

めぐり逢いの中で見つけた
生きてく意味を 育ててみよう
涙は拭い去って
今 始まる (my) best of my life

今 始める (my) best of my life


特定が怖いので詳しくは書けないですが、


先月、実は、上司が病気で亡くなってしまいました。


あにー先生。。がです。


前の日まで、とっても元気でした。


全然若いのに・・ 




当時は、仕事中もトイレで泣いてしまったり、お悔やみを言われた時に一言も声がでないような感じでした。


まー、そりゃそうよね・・ 濃密にいつも二人で一やってたので・・。




しかも、うちの組織は先生に頼りっきりだったため、引き継ぎもうまくできず、仕事が回らず、


病院に迷惑をかけるような事態にもなってしまいました。


いまやっと、状況が整ってきて、すこしずつ通常業務にもどりつつあります








いまは、研修医でここまで責任、おわなきゃだめ?ってくらい大変です。


3人だったのが、私いれて2人になっちゃった。のこった先生は私よりも100倍大変なはずです。


でも、すさまじいスピードで自分も周りも変わっているのを感じます。


やっぱり自分で全部管理して責任もつのは人を成長させるんだなと思います。


そして今まで、あにー先生がどれだけ大変だったか、少しですがわかったような気がします。


そして。はからずしもこのような形で自分がレベルアップせざるを得ない状況になったことが、悲しくてしかたありません。








先生が亡くなってから今日まで、「先生だったらどうするだろう?」と思わなかった日はない。


でも、先生が喜んでくれるような仕事ができたことは数回しかないかも・・


先生の仕事の業績はすべて病院のパソコンシステムに保管されているので、


私まずは先生のコピーをするように仕事をしてます。


なぜなら先生のすごく細かいやりかたは、誰ががコピーしなきゃすたれてしまうと思うから。


先生が目指してたレベルを維持できるようにどうしても頑張りたい。











いやほんとね、身内が過労死した、という感覚がぴったりするような衝撃でした。


仕事即人生という方でしたし・・




もう二度と経験したくないですね。


なんで自分たちがよりによって・・と思います。


今回いろいろと気づいたよ・・お悔やみについて。


亡くなってすぐ、お悔やみを言われると、我慢しているのに涙がでそうで辛かった。


でも、今思うと直後に故人に対するお悔やみの言葉を表してくれたのがすごく嬉しい。


そして当時はあえて声をかけず、少しおち気晴らしに誘ってくれたりするのも、残された私達としては嬉しい。


そういうものなんだなぁと思いました。












先生のこと、大好き!じゃなかったし


一緒にいすぎて嫌になる~ってよく愚痴言ってた。


なのになんでこんなに涙がでるんだろう?って、思いました。


淹れてくれたコーヒーを、いらない って言ったり・・


アニメ嫌いだもんって言ったりしたなぁ。


ほんと最悪な弟子だったんだ。私。 


だからあんなこと言わなきゃよかったなんて、後悔する資格もないんです。


先生に甘えてたんだと思います。




でも、死ぬことないじゃんか、先生。


せめて、病院で倒れてくれたら・・ 最後に会った時に、体調悪そうにしててくれたら・・。





周りの先生は励ましでいってくれるのかもしれないけれど


私が赴任してから、先生すごく丸くなったそうです。楽しそうだったそうです。


だと、いいんですけど。






ほんと、自他ともに認める、超がつくオタクで、


孤独なひとで、


でも優しいひとでした。




本当に大きい先生を失ってしまいました。