今まで生きていて感じたのは、世の中の常識と逆の方がうまくいくってことです。常識ってよく考えると力の強いものが弱いものを従わせるためにあるのかなあとすら思ってしまいます。例えば子供を厳しく育てると立派な人間になる。この考え方、厳しく育てると親の愛情が正しく伝わらないので愛着障害をおこし、ずる賢い人間になるか、いつも責任を他人に転嫁する人間になります。自立心をもったしっかりした人間にはならないのです。優しく育てると子供は親に我がままを言うようになり注意をたくさんしなければならないので親は手がかかって大変になります。しかし子供はその親の大変さを学び自立したしっかりした人間になります。子供にとってどちらが幸せかというと後者ですね。ただ、親は大変なので厳しく押さえつけて育てた方が楽ですね。事実はそういうことなんです。親は優しさが全てなんですよ、優しさがあってその中で叱るのなら正解です。しつけは間違っています。ペットじゃないのですから、しつける必要はありません。
また、良い人が騙されると言うのも不正解です。良い人は騙されません。良い人には欲がありません。苦しいことも自分の修行だと思って頑張ります。神様にすがることがあっても最終的には自分で解決するものだと思っています。利益も自分が頑張らなければ得られないことも知っています。騙されるのは自分がやったことに対して常に見返りを求めるから騙されるのです。こんなに苦しい思いをしたから報われるはずとかあの人にこれをすれば返ってくるとか、神様にお供えをしたから救ってくれるとか見返りを求めるから騙されるのです。自力で頑張っていれば状況が変わったときに救われるのが現実です。ただ、良い人が増えるとだます方が困るので良い人は騙されるという情報を流しているのかもしれませんね。
人間自分の欲望をなくした考え方で正しいという思考、そこから導き出される答えこれが本当の道徳じゃないかと思います。