この記事は、先ほどの小久保裕紀展の記事に,プラス,彼のことを振りかえる記事を加えました。


昨日,ずっと行きたかったOBMで小久保展見てきました^^

入団時からの,数々の出来事、王監督との運命の出会い, 数々の栄光の記録, 幾度も乗り越えたけがや試練, 美しきホームラン, 数々の展示品, 紹介パネル等を、じっくり,ゆっくり振り返りながら,思い出しながら, 見ていきました♪♪

ちなみに,これまでで,僕の中で一番印象に残っているのは、小久保裕紀自身の「王監督と出会えたおかげで今の僕がある」という言葉だ。そして、出会ったときに,王監督から「少しでも遠くへボールを飛ばすことを心がけるように」と幾度となくアドバイスを受けたというが、その言葉が本当に深く印象に残っている。これぞ、ホームランアーチストとして何より大切なことだと深く感じる。


彼は本当にすばらしい,魅力的な「ホームラン"アーチスト"」だなぁと改めて心底感じました^^

あの美しき放物線にどれだけの人が何度感激したことだろうか。

映像も上映されていたが,何度見ても鳥肌ものだ。


そして、彼は,プレーはもちろんだが,人間として本当に人格者であり,グラウンド内外において,多くの人々の支えだ。

現役の時から何度も思ってきていることではあるが、彼ぞ"真の意味での"「アスリート」だ。


小久保裕紀といえば,僕が物心ついて野球を見始めた頃に既に現役でいた選手だ。 本当に振り返れば色々なことが山ほど浮かんできくる。彼には,プレーや,言葉で,本当に色々なことを教えてもらった。
いくら感謝しても感謝しきれない。

個人的なことになるが、思い出せば,昨年、サインもいただいた、2000本安打も生観戦できた、彼のトークショーも行った、9月30日の,一試合2ホームランも生観戦できた、10月8日のレギュラーシーズン現役最後の試合&引退セレモニーも生観戦できた。 本当に沢山の縁があった。


現役野球選手生活にはピリオドを打ったが、しかし彼はこれはまだまだ通過点だと思っているだろう。 41歳、人生まだまだこれからだ。今,NHK解説者としての生活をスタートさせたばかりだ。行く行くは、コーチ,そして監督へと進むであろう。

解説者として現役時代とはまた違う視点から野球を見て、様々な新しい発見があることだろう。

まずは、是非これを楽しんでいただきたい。

小久保裕紀さん、これからもがんばってください!!

昨日,ずっと行きたかったOBMで小久保展見てきました^^


入団時からの,数々の出来事、王監督との運命の出会い, 数々の栄光の記録, 幾度も乗り越えたけがや試練, 美しきホームラン, 数々の展示品, 紹介パネル等を、じっくり,ゆっくり振り返りながら,思い出しながら, 見ていきました♪♪


改めて,彼は本当にすばらしい,魅力的な「ホームラン"アーチスト"」だなぁと心底感じました^^

あの美しき放物線にどれだけの人が何度感激したことだろうか。映像も上映されていたが,何度見ても鳥肌ものだ。
現役時代から思っていることだが、彼は,プレーヤーとして,そして人間として本当に最高だなぁと心底感じました。

様々なものがよみがえってきて、本当に感動して涙が出そうでした。

なんか、上手く言葉でまとめきれないが、もう本当にすばらしかったです。


皆さんも是非、小久保裕紀のことを色々振り返りながら、小久保展に行かれてみてください。

福島市内の仮設住宅を訪問させていただきました

現場を訪問すること、避難されている方々から直にお話を聞くのは,いずれも初めてのことだった。
これまでも,東北に行く機会はあったが,そこまでするのは,なかなか難しかった。
でも今日遂にこうやって実現出来たことを,本当にありがたく思う


◎全てをここに書くことはできないが、実体験談,これまでの経緯,今も抱える問題などなどの"生の声"を聞いたからこそ分かる事,感じる事が沢山あった。

震災後からは確実に前に進み,当時よりも落ち着いてきていることは勿論事実だ。
が、しかし,今も尚、大規模除染,警戒区域,瓦礫処理,賠償、などほとんど進展しない問題が沢山残されているのだという事を肌身で感じた。

また,家族が離れ離れになってしまっているケースも多いそうだ。


◎何よりもやはり風化してしまうことがいちばん恐ろしいことだと改めて痛感した。
正直,ハッとした。遠い九州に住んでいる僕らは,正直,自分も含め全体で(全員がそうという意味ではない)、頭の中では分かってはいても,震災直後に比べると明らかに震災の記憶が薄くなっていた事は事実だと思う。
本当に震災直後に自分なりに一生懸命だった自分はどうしたんだとハッと思った。本当に何してんだろうと思った。
思い出せば,震災直後,沢山の支援があちこちからどんどん届けられた。もちろん今もそれは続いているが,現に昔に比べて大分減っ
てきているそうだ。(あくまでこれは一例としてだが)

◎もう一度,初心に戻り、今日お聞きした貴重なお話を,絶対に一生忘れないように心の中でいつも唱えることを、強く,意識して心がける。
正直,それでもなかなか難しい点はあるかもしれない。
でも、今から、絶対に忘れないという強い気持ちを持つことが必ず,役に立てることにつながるは筈だと強く信じている。
◎今回の体験は、僕が生活していく上で自他共の為に役立てられ、そして,またお手伝いなどに行くことがあったときの役に立てられる、と,そのようにできるようにしたい。


今年の3月11日には,皆で東日本大震災について振り返り深く考えた。
しかし3月11日だけではなく毎日が、このよう,忘れずに考え続けていかなければならない日だと感じた。



街のあらゆるところに、"がんばろう福島","負けないぞ福島",また市役所には復興に向け前を向いてがんばっている様子を紹介する映像が放映されていたり、本当に,これまで訪れた東北の県で一番, "みんなで絶対乗り切ろう"という強い気持ちを感じた。

避難所の方から聞いた,"福島は世界中で(よくない印象で)有名になってしまった"という言葉がすごく印象的だった。決して簡単に言えることではないのだが、でも,莫大な時間はかかっても,世界一美しい街で有名になるくらい、前よりもいい街になるようにできたらなと感じた。

◎前述のように今もまだ進展しない問題は色々あるが,やはり常に,まだごくわずかもしれないが,着実に前を向いて進んでいっているのだということを感じた。僕が会った方々では誰一人として下を向いていなかった。むしろとても明るく元気そうにしていた。正直,少し安心した。
◎是非みんなで一緒に,もう一度はっきりと思い出して、例え微力であっても,それぞれがそれぞれの立場でできることを身近なところから是非やっていこう。

がんばっぺ福島!!