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明日のために必要なこと

今日は不動前の直動システム(精度の高い直線運動や回転を実現する部品。ベアリングみたいなものです。意外と作るのが難しいらしい。)の世界シェアナンバーワンの某企業へ夕方訪問。
世界的な需要急減の中、同社も世界シェア一位といっても同様で、会社の業績予想によれば、この下期(2008年10月~2009年3月の6ヶ月)で営業赤字に転落する模様です。

しかしながら同社では正社員の雇用削減はまったく考えていないようです。
同社はこれまでも平成バブル崩壊やアジア通貨危機、ITバブル崩壊のあとは需要減少に陥り、売上高の減少に直面してきました。
しかし、その後の景気回復局面、世界経済の拡大に伴い同社の売上高は市場の拡大と用途の多様化、製品付加価値の向上を通して常に前回のピーク売上高を上回り、成長を遂げてきたのでした。
現在も経営陣および社員一同同様の考えの模様であり、次の回復・拡大を疑っていません。


今日の取材で私は次のことに気が付きました。
2月初旬、電機産業大手の決算が連日発表されました。
その際、本業の悪化による営業利益の赤字転落、本業・子会社の収益悪化に伴う繰り延べ税金資産の取り崩し、保有有価証券の評価損失計上など様々な要因で数1,000億円レベルの当期赤字に転落しました。
同時に各社で、事業再編・構造改革を旗印に工場閉鎖・正社員削減を発表しました。
その時に感じたなんとも言えない脱力感。
私は年末・年始の派遣村の報道にも、日本国民としてのさびしさ、わびしさ、くやしさそして一種の空虚感のようなものを感じましたが、その時もまさに同じような気分になりました。
もう怒りを通り越して呆れました。呆れを通り越して、寂しさを感じました。


企業とは社会の公器です。
昨今の景気後退を受けて、利益第一主義の膨張政策、ないしは利益というイデオロギー(イデオロギーでもなく、単なる会計上の概念にすぎないのですが)に対する嫌悪感が一部であるようです。
米国住宅ローンバブルの崩壊も、元をただせば欧米金融機関の目先の利益計上に走ったことも一端であり、その利益はまさにあぶく銭といっても過言ではないような質の悪い利益であったわけですが、計上した利益を基にしたウォール街の粗暴な狂気の宴などはまったくもって多くの人に納得いかないことです。(ちなみに、リーマンブラザーズ破綻時にバンクオブアメリカに買収されたメリルリンチは経営権がバンクオブアメリカは700名の幹部社員に100万ドルのボーナスを支給したそうです。経営破たん直前までいって買収されたのに、その買収完了の直前にこのような倫理観を失った行動ができるというのはウォール街の非常識さを表す端的な例でしょう。ちなみにバンクオブアメリカはアメリカ国民の税金が投入されています。国民としても怒り心頭でしょう。)
このことをきっかけにして利益というイデオロギー自体、ないしは言葉自体に嫌悪感を示される方も多いかもしれません。

しかし、企業は社会の公器であるということを考えると利益を出すということは企業の至上命題であります。
利益が出せなければ、企業は雇用を守ることはできません。
利益が出せなければ、企業は税金を支払い、社会に貢献することはできません。
利益を増やさなければ、雇用を増やし、国民の生活を支えることはできません。
利益を増やし、納める税金を多くしなければ、財政赤字によりひっ迫している国庫を潤すことはできません。
利益を出しつづけるということは大切なことなのです。

また、利益を出すには何が必要なのでしょうか。
小手先の議論ではいくつもそれをあげつらうことができますが、何をもっても一番大切なのは卓越した技術と断トツの品質を備えた競争力の高いプロダクトだと今は考えています。
無論、企業が拡大していく中では営業戦略なども大切でしょう。
ただ、根元にあるのは市場の需要に応える高い競争優位性を有したプロダクトだと思えてなりません。
本日訪問した企業は実は夏場にも一回訪問しました。
当時はなぜ赤字に転落するにも関わらず、工場再編や正社員の大胆なリストラなどに踏み切らないのかさっぱり理解できませんでした。
ただ、今はそういった会社の経営方針が理解できます。
その会社は世界シェア50%を超える極めて競争優位性の高い製品を製造し、常に市場を開拓してきました。
彼らには他社が及ばない高い競争力を保持しているのです。だから、営業赤字に転落した現在も中期的な拡大という経営方針を貫き通し、現在の逆風下を最低限のコストで耐えしのぎ、次の春を待つということを実行できるのでしょう。

競争力の高い製品というのは、もう一つの切り口から見れば革新的であり(ないしは革新的であった)、社会になくてはならない製品ということでもあります。
そのような製品を有した企業は、営業活動を通して世界に自社製品を供給することにより、世界経済の拡大と世界で暮らす人々の所得向上に役立っています。
それはユーザーサイドから観察しても明らかになるでしょう。
よりコスト競争力の高い商品(たとえばPC)が市場に供給されることで、それまでよりも安い価格で手にした消費者はその分だけ実質的な所得は増加したことになります。
ひょっとするとそれは競争力の高い製品を使用した生産財・生産設備を利用することで可能になるのかもしれません。
製品の販売が増加することで、製品に使われる部品や使われる素材産業も恩恵を受けます。それらの産業に従事する労働者の所得向上や雇用者数の拡大を通して全体の所得向上が為されることでしょう。



今月の頭に相次いだ電機産業の事業再編報道。
その報道である思いに至りました。
日本にこのような電機産業は必要なのか。
景気後退の度に経営不振に陥り、構造改革を繰り返し、工場再編や事業再編を繰り返してきました。
もちろん、そうでない電機産業の企業もあります。
しかし、テレビで連日報道された経営不振の企業の経営には疑問を呈さずにはいられません。
いくつかの企業はおよそ6年にわたる景気拡大局面で蓄積した利益を今回の景気後退で一気に吐き出し、さらにはそれ以前に蓄積し部分も取り崩しています。
いったいSO○Yは何をしていたんでしょうか。
日○製作所、N○Cは、東○は、パナソ○ック、富○通は何をしていたんですか。
かつては輸出産業の花形であり、多くの従業員、下請けを抱える巨大産業である日本の電機産業。
現在、自動車産業以上に根本的な競争力の回復のために何をすべきか、そして何をするのか、そこが問われています。

noblesse oblige

第一回目のエントリーがこのような世知辛い内容となることは非常に残念ではありますが、これからの日本の行く末に対して意見するという当ブログの方向性からは仕方ない内容なのかもしれません。

私はこの年末年始、ふるさとの広島県に帰省していました。

一方、製造業にリストラされた製造派遣、あるいは期間工の方々は日比谷公園、ないしは厚生労働省の講堂に設置された「派遣村」で年明けを迎えたそうです。この派遣村に集った方々はバックグラウンドも自動車などの製造業派遣に就いていた方だけでなく、出版会社内の軽作業などをしていた方もいらっしゃるようです。

中には自殺未遂を起こしたが、死に切れずに藁にもすがる思いで来られた方もいたそうです。



さて、日本国憲法第3章25条に以下のような記述があります。

日本国民で義務教育を受けた方は全員教わった有名な一文です。

第二十五条 【生存権、国の生存権保障義務】
  すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」


今回の景気後退は金融市場のメルトダウンの結果、急激な需要減退を生じさせ、企業に相当の減産ならびに在庫処分、固定費圧縮をせまりました。

その結果として法律上保護されていない派遣労働者や期間工の方々が法律で保護されている正社員のリストラができない代わりに雇用調整の標的とされました。(現在の経済の崩落状況からするとSONYや日本IBMのように正社員のリストラ、製造工場の閉鎖に踏み込む企業も続出する可能性があります。)

個人的には現在の法制度上はこの雇用調整は需要急減に対応する相応に合理的な施策と考えます。

しかしながら、2007年に大規模設備投資を実行し、さらに2008年も設備拡張した企業の経営陣がほぼ一人も引責辞任することなく彼らのような存在を切り捨てたことについては憤慨せざるをえません。

リーマンブラザーズの破たん後の急激な経済変動は予想できなかったにしても、2007年には米国住宅バブルの崩壊は顕著でしたし、そこから派生する金融機関のバランスシート調整ははっきりと予見できたはずです。

少なくとも2007年後半には中国人民銀行は利上げ、総量規制といった金融引き締めに転換し、中国経済のスローダウンにともなうグローバルな需要の増加が弱まることは予見できたはずです。すくなくともなんとなくではありますが、株価はそれを織り込むような動きはしていました。

そのような幾つかの重要な事態の「予兆」を見過ごして更に設備投資を2008年に増強した企業経営者が現在の企業活動の苦境を一番弱い立場の人に押し付けて逃げるのは見過ごせません。

わが国にはノブレス・オブリージュはないのかと疑います。



先日、某民放テレビ局の深夜放送で製造業の派遣社員として働く夫婦の話が流されていました。

その夫婦には子供がいます。しかし、子供には月に数回しか会えません。

夫婦は自らの子供を施設に預けています。保育所ではありません。施設です。

その理由は彼らの給料だけではとても養育できないから。

放送されていたのはリーマンブラザーズ破綻からすぐのころで、現在の経済状況とはまったく切り離された特集でしたが、その夫婦は今何をしているのでしょうか。

自分の子供を満足に育てることもできない人がこの国にはいます。

ひょっとしたらこの夫婦も職を失っているのかもしれません。

一生懸命働いても子供一人育てられない夫婦。突然生活基盤を奪われ寒空の中に放り出された労働者。

このような現実を高給をもらっている経営者や高級料亭で無意味な会合を繰り返す政治家たちは真摯に受け止めているのでしょうか。

1997年の三洋証券の破綻に端を発した日本の金融システム不全により、企業は新卒採用を急激に縮小して現在のような極めて不安定な雇用を作り出しました。当時の経営者は全く責任を取らず(一部、経営破たんした金融機関などは除く)、今では悠々自適の毎日を送っています。

足元では新卒採用枠の縮小、内定取り消しが頻発しています。



衆議院総選挙がすくなくとも2009年秋までには実施されるそうです。おそらく自民党は歴史的大敗を喫するでしょう。

民主党政権の成立が何らかの変化をもたらすことになるでしょう。(それが根本的な変化なのか、小手先で終わるのかはわかりませんが。)

しかし、足元で歴史はまた不幸な結果を繰り返そうとしています。