「尾崎豊を好きと公言する事」
先月、先輩とカラオケに行った。
初めてのブログなので自己紹介がてら少しだけ僕の話をします。
僕はその日、先輩に夢を語り、口説き落とし、パソコンを教えてもらおうと先輩を呼び出した。18の夏、大学を辞めて漫画家を志し、それから地道に能力を磨き、今現在僕に必要なのはデジタルで漫画を描くスキルだけとなった。踏み出すまではピンとこなかった芸術への愛は、大きくなるばかりだ。「何としても僕は芸術で自分自身を表現し、自分を磨き、金をたくさんもらいできる事を増やし、そして幸せな家庭を築くんだ。芸術で成功し、全てを手に入れるんだ。」
話を先輩とのカラオケに戻します。
尾崎豊のシェリーという曲はご存知でしょうか?今まで会ってきた尾崎のファンのほとんどがこの曲をベストソングに選びます。(僕の場合は全ての曲を愛しているのでベストソングなんて選べませんが)僕もシェリーに衝撃を受け、この曲の魅力に取り憑かれた一人です。ですので入門編として他人に僕は「シェリー」「存在」「米軍キャンプ」を聞かせます。このブログをお読みになって下さっているあなたもぜひ聞いてください。というか尾崎のライブ映像をYou tubeで見て下さい。尾崎豊の神がかり的なパフォーマンス力見て下さい。
僕はこんな風にシェリーを、尾崎豊を愛していますから、シェリーをディスられる事を極端に嫌います。「ずっと大人に対して文句を言っているだけの時はよかったけど、今度は自分が大人になってどうする事もできなくてラリって死んじまったんだろ?窓ガラスたくさん割っちゃってさ。」尾崎豊好きを公言することで僕はこんな言葉をよく言われて生きてきた。いやいや尾崎は君よりもっと高次元で物事を考えているぜ?実際にガラス割ってないし、ガラス割ることに対しても一切肯定してないぞ。もう言い出したらきりがない。尾崎はとにかく勘違いされやすい。
戦争か?ああ‼︎徹底的に尾崎豊討論してもいいんだぜ?でもそういう奴に討論仕掛けたところで煙たがれるだけだ。こんな感じなので、シェリーの良さをわからない不感症の読解力のない連中には絶対に聞かせたくない曲なのです。ですがここに来る前の車の中で先輩と初めての本音で話をし、「この人少し病んでる…。この人にはシェリーを聞かせてもいい」そう思いました。
僕は上着を脱ぎ、黒タンクトップになった。そして僕は先輩の前でシェリーを熱唱した。何度か涙を流しそうになった。先輩…。俺は先輩に全力のシェリーを捧げたい…。先に言っておくと先輩と職場以外で会うのは初めてだ。そんなに職場でも話した事がなかったし…。
しかしカラオケルームには不思議な一体感が生まれ、神聖な波長が流れていた。シェリーを歌い終えた時、もはやそこはカラオケルームではなくなっていた。僕は完全に日本武道館にいた。鳴り止まぬ歓声。暗闇の中、温かいスポットライトに照らされ全てを出しきり僕は、ただそこにいた…。しばらくして先輩は口を開いた。
「俺、不良が頑張るみたいの好きじゃないんだよね」
………………
かける言葉が見つからなかった。
………………
かけてやりなよデミグラス。
「えええーーー‼︎響かないっすか‼︎」「全然響かないね」「ええー‼︎まじっすか?」先輩の曲に伴奏が始まった。「いや〜ありえないっすよセンパーイ〜〜‼︎」なんとか言葉を絞り出した。
ハンバーーーーーーーグ‼︎‼︎‼︎
ひとつわかった。
………………
人の好きなものを批判するなら戦争だ。
人は他人に話をする時、「共感」を求める。大概が「共感」だ。「論理」を求める場合というのはごく稀だ。僕は尾崎の討論(論理)は大歓迎だ。他の物事でも自らの成長のため、「論理」を求めるスタンスでいきたい。しかし先輩のやったことは当て逃げだ。ここで僕は先輩の曲の停止ボタンを押し、尾崎について徹底的に討論(戦争)してもよかったが、それは先輩も求めていない。ここでそんな事をしたら、これから先の人生、ずっと停止ボタンを押して尾崎を語ってゆかなければならなくなる。それは現代社会で、キチガイとして生きてゆく事を意味する。
時々僕も巷で流行りの曲をディスりたくなる「本当クソみたいに薄っぺらい歌詞だな。何回使われた言葉だ?小学生でも書けるぜ。そんなの聞いてないで尾崎聞け‼︎尾崎‼︎」
そいつが本当に浅い奴でもこんな事を言うのはもうやめよう。
つまりは強い奴、深い奴とだけ戦争(論理)すればいいんだ。
そうすれば勉強になる‼︎
勉強にならない戦争はタイムロスだ‼︎
もちろん、上も下もないって事は分かっています。価値は多次元的だ。それは大前提としてブログにこんな事を書きます。
最後まで読んでくれてありがとう。世の中の、勘違いされやすい人間のファンの方々。僕はあなたの味方です。自分のカリスマを、好きなものを信じ抜きましょう。僕もそうします。
