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良い話を写経します

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「被災者の方、今は頑張らなくていいです。

私たちを頼ってください」。

その男性は訴えた。

救援活動のため九州から駆けつけ、

避難所でボランティアに尽くす人だ。


被災地や避難先で、

今も多くの方々が不自由な生活の中、耐え難いストレスと戦っている。

自分では限界を感じつつも、

周囲に心配をかけまいと、頑張りすぎてしまう人もいる。

そうした人々の心の機微を知り、支える「心のケア」が必要なのは、

これからだ。


大震災から1ヶ月が過ぎた。

復興への道は、長く険しいものになる。

被災者の方々が前に進んでいく為の「心の復興」もまた、

息の長い挑戦となろう。

傷ついた心に寄り添うことが支援の第1歩。

悲しみを乗り越えて、

そこからさらに前進する為には、

裏付けとなる哲学が必要だ。


御書には

「自他共に智慧と慈悲と有るを喜と云うなり」(761ページ)

と仰せである。

“自他共の幸せ”のために生きる智慧と慈悲を、すべての人が持っていると、

仏は教えている。

“どんな苦悩、運命をも乗り越えうる力が人間にはある”

―これが、日蓮仏法の断固たる確信である。


人間のもつ無限の底力を信じ、

その開花を祈り、

共に生き抜いていく創価の連帯の拡大が、

今まさに求められている。


2011.4.15(金)聖教新聞「名字の言」

福島―生命を映す「五色沼」


この地上に生まれ出でた

私たちは

何のために生き抜くのか。

何を目標として

確信ある

そして後悔なき人生を

送ればよいのか。


同様な

もがきと悩みは

誰人も持っているに

違いない。


それぞれに

多種多様な存在として

生を受け

この大地に生活しゆく

我々の誕生の目的は

いったい何であるのか。


生きるために

際限のない

苦労をするのは

何ゆえなのか。


湿った霧のような

不安の心を

いかにすれば

解決できるのか。


明るい壮麗な

人生の道はあるのか。

晴れ晴れとした

愉(たの)しき淑(しと)やかな

楽園は どこにあるのか。


いかに天空の彼方を

見つめても

明確な答えはでない。


不思議なる

万有の働きよ!

北極と南極を軸として

青き地球は

この時この瞬間も

正確に回転し

大宇宙に軌道を描いている。


「成住壊空」―

壮大なる

宇宙の生命流転のなかで

地球という惑星も

私達の人体も

はるか彼方の昔に

爆発した星々の元素が

凝結してできたものだ。


 「すべてのものは

 生まれては死に、

 また他處(よそ)で

 生まれかわる―

 『生』は

 永遠普及の流れ、

 すべての死をもって

 再び すべての『生』を形作る」


これは

ビクトル・ユゴーの直感であった。


仏法の慧眼は

大宇宙の森羅万象は

「五大」すなわち

「地・水・火・風・空」の

五つの要素からなると

明察している。


そしてまた

小宇宙である

この私たちの生命も大宇宙も同じく

「地・水・火・風・空」から

成っているのだ。


日蓮大聖人は

けなげな純朴な弟子に

無量の慈愛と

無限の信頼を持って

仰せになられた。


 「今 あなたの一身は

 地・水・火・風・空の

 五大である。

 この五大は

 妙法蓮華経の五字である。

 それゆえに

 あなたは さながら

 生命の宝塔である。

 生命の宝塔は さながら

 あなたなのである」  

 

悠遠なる過去から

現在へ

現在から

永劫の未来へ―

妙なる生命の大法則は

厳然と律動している。


この大法則とともに

宇宙は永遠にして

われらを包んでくれる。

そして

この大法則とともに

永遠に宇宙を

包み返していけるのだ。


何のために

我らの生命は

生老病死を

繰り返してゆくのか。

その究極の目標に導いてくれる

確固たる法理こそ

妙法である。


ここにこそ尊厳たる生命の

常楽我浄の軌道が

あますところなく

示されているのだ。


「広宣流布の同志に贈る 勝利の大道を晴れ晴れと」より

「桂冠詩人の世界 池田名誉会長」2011.4.10(日)



思わぬ試練にぶつかったら―池田名誉会長は岩窟王の物語を通して、若き友に語る。


「人生は、耐え抜いた人に『栄冠』がある。最期は、その人が勝つ。

その崩れざる信念を貫き通していくなかに、真実の『信用』も自然に残る」


「作家・吉川英治氏は『苦徹成珠(くてつたまをなす)と言った。

“苦に徹すれば珠となる”」 ―有名な言葉である」

「仏とは『能忍―能(よ)くしのぶ』人をいう。青年は、波乱万丈の人生でよいのである。」


「あせることはない。人をうらやむ必要もない。自分は自分らしく、仏道修行を貫き通していけばよい」


途中で何があろうが、最後に勝つ。

一生の総仕上げで見事に勝つ ― ここに仏法の精髄がある。


(名誉会長の語らいから)

広流流布の使命に生きゆく人生は「煩悩即菩提」であり、大きく悩んだぶんだけ、大きく境涯広がり、大きく福運が積まれる。


仏法は「変毒為薬」の大法である。なにがあろうとも、必ず乗り越えていくことができる。また一つずつ絶対に打開できるように試練があらわれてくるのが、「転重軽受」の甚深の法門である。


ゆえに、宿命転換の戦いに、断じて負けてはならない。


どんなに大変なことがあろうと、妙法を唱え、仏意仏勅の学会とともに生き抜く人は、厳として守護され、必ずや良い方向へ向かっていく。所願満足の幸福の軌道を歩んでいけることは、御聖訓に照らして、まちがいない。

(2002年12月27日付、全国最高競技会)


◆◇◆


事故は絶対にあってはならないが、かりに不慮の事故等で亡くなった場合にも、「信心」さえ燃えていれば、「須臾(しゅゆ)の間に」(御書P574)―-すぐに―また広流流布の陣列に戻ってこられる。


「悪知識」に染まれば地獄に落ちるが、「悪象」殺されるても地獄には堕ちないと、経文にも御書にも仰せです。「悪象に殺される」とは、今で言えば交通事故などの不慮の死などにあたります。


いわんや、広流流布の活動の途上で亡くなった方が、大果報を受けないはずがない。


「転重軽受法門」(御書P1000)にも、仰せです。いわば殉教でdす。人間として最高に尊貴なる死なのです。

(『池田大作全集』31巻P32、「法華経の智慧」)

今、ジャズと人生と仏法の語らいを進めているウェイン・ショーターさんも、この仏法の大きさに共鳴されながら、言われたいた。


―私は毎朝、起きると、「さあ、今日も勝利の喜劇を演じよう」と思います。

敵意や悪意など悪鬼の働きをも見方にするのが、仏法です。私たちがそれらと共存しながら打ち勝つ道は、一緒に笑わせることではないでしょうか。これはちょうど、飛行機が離陸する時、空気の抵抗を見方につけるのと同じです。

―と。


2011.2.3(木) 「随筆 我らの勝利の大道40 山本伸一」

「素直な心」。

“経営の神様”松下幸之助氏は、それをモットーに掲げ、偽りのないありのままの心で人間社会を見つめ続けようとした。


シンクロナイズドスイミングの元日本代表コーチの井村雅代氏。

3年前の北京オリンピックでは、中国チームのヘッドコーチに就き、悲願のメダル獲得に貢献した。

氏は「努力できる能力」のことを“心の才能”と呼び、こう教える。

「人間は理屈をこねずにやればうまくなる。だから自分の才能を信じなさい」

(『あなたが変わるまで、わたしはあきらめない』光文社)


うまくいかないと、つい、できない言い訳を探しがちだ。

しかし、コーチや先輩のアドバイスを素直に受け入れ、実践する選手は、自信の壁を破れるものだ。


釈尊の弟子に須梨槃特がいた。

自分の名前すら忘れてしまうほど物覚えが悪かった。

しかし、釈尊の教えに素直に歓喜し、まじめに実践することにおいては、誰にも負けなかった。

後に、普明如来の記別を受けたと説かれる。


まじめに、素直に実践した人が勝つ。

これが信仰の世界であり、学会精神である。

できない理由を探すより、

もう1歩、もう1歩と前進する自分でありたい。

2011.2.1「聖教新聞、名字の言」